高いところからも平気でにゃんぱらりと着地を決め、助走も無しに塀の上まで飛び上がる、猫は生まれながらの体操選手。その身体能力は我々人間とは比べ物にならないほど優秀です。
そのばねのような体はきっと腰痛や肩こりとはまるで無縁で足をくじいたりもしないのでしょうね…と思いがちですが、猫は意外にも脱臼を起こしやすい動物です。
猫の脱臼の原因や見分け方についてご説明していきます。
猫の脱臼、そのプロセスと原因
骨折と打撲と脱臼と捻挫について、思い浮かべてみて下さい。骨折はともかく、その他については「部活中や体育の時間にたまに起こる痛いアレ」といったように意外に漠然としていませんか。
まずはここをはっきりさせておきましょう。猫も人間もたくさんの骨と筋肉が体を内側から支えています。この骨と骨が接している関節部分を繋いでいるのが靭帯、体を動かすための筋肉を骨に繋いでいるのが腱です。
外部からの衝撃により、骨が折れてしまうと骨折、筋肉に損傷を受けると打撲、関節や靭帯に損傷を受けると捻挫と呼びますが、脱臼はこの時、捻挫だけに留まらず、関節が外れてしまった状態を指します。
関節同士がずれただけで一部は接している亜脱臼と、完全に離れてしまっている脱臼と、2タイプありますが、いずれも外部からの衝撃によって引き起こされ、痛みを伴い、治療を必要とする状態であることには変わりありません。
猫の脱臼の原因として最も多いのが、外との出入りが自由な猫の交通事故、次いで他の猫との喧嘩によるものです。
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猫が交通事故に遭いやすい理由と対処法。防ぐためにできることは?
完全室内飼いの猫であっても油断はできません。高いところからの落下や、ダッシュしていて何かにぶつかったり、びっくりして急ブレーキをかけた時に脱臼を起こしてしまうことがあります。また、家庭内で起こる猫の脱臼事故の原因で多いものとしては、人間とのうっかり事故です。
人間がドアを閉めようとした瞬間に猫がするりと足元に滑り込んでくる事はありませんか。そうした時にうっかり扉でしっぽを挟んでしまった、または敷布の下など思わぬところで寝ている猫の足をうっかり踏んでしまった、それによって尻尾や四肢が脱臼してしまうことも少なからず起きています。
猫の体はとにかく柔らかく筋力も発達しているためにトリッキーな動きも難なく行いますが、それは猫が自身の行動展開を予測した上で成し遂げているのです。
例えば箪笥の上に一旦前足の爪をひっかけて登ろうと飛び上がったらお目当ての場所がつかめなかった、ダッシュで加速してターンを決めるつもりが足を滑らせてコーナーアウトした…こうしたアクシデントが起きた場合、動きが激しければ激しいほど関節への衝撃も大きく、脱臼の原因となるのです。
また、事故や衝撃を受けなくても先天的に関節に異常があったり、高齢で関節が弱っていたり、骨や靭帯を作る栄養が不足したために脱臼を起こす場合もあります。
先天性の異常で代表的なものに膝蓋骨脱臼があります。軽度から重度まで4段階のグレードで診断されますが、ひどい場合は膝の屈伸でも膝のお皿の関節が外れ、戻らなくなって歩行が困難になることも。これは遺伝的な障害のため、この持病のある猫は繁殖させない方が良いとされています。
好発部位と見分けるポイント
猫が一番脱臼を起こしやすいのは股関節と尾椎(しっぽ関節)です。一番衝撃がかかり易かったり、体の外にあって何かに挟まれやすい部位ですね。
他にも顎、肩、肘、膝、手首や足首など主要な関節はもとより、脊椎や頸椎など関節であればどこでも起こる可能性があると考えた方が良いでしょう。
交通事故の場合は衝撃が全身に渡るので脱臼箇所も複数に渡ることがあります。
例えば、折れた骨が皮膚を突き破って露出しているような明らかに骨折と見てわかる場合を除くと、骨の異常は外から猫を眺めていてもわかりづらいものがあります。
特に猫は比較的痛みに強く、症状を隠そうとする野生の本能が残っているため、目に見えないケガや病気の初期段階では見落としてしまいがち。愛猫の脱臼にいち早く気づくために、どのようなポイントに注意すれば良いでしょうか。
- 足の長さが左右で違う
- 関節の形が変形している(腫れている/歪んでいる)
- 片足を上げて歩く/引きずる
- 触ると痛がる/触られるのを嫌がる
- 気になる部位が熱を帯びている
こういった挙動、症状が見られた場合は脱臼の可能性があります。
また、歩き方の違和感に加えて、
- トイレではない場所で排泄する
- トイレに行くけども排泄できない
という場合はしっぽの脱臼が考えられます。
猫が撫でられるとくねくねしちゃう敏感なあのしっぽの付け根。その内側には馬尾という部位があり、ここには骨盤や座骨、下腹や陰部に影響する大事な神経が集約しています。
これは尾骨神経(しっぽの神経)に繋がっているため、しっぽの脱臼により神経が傷つくと、もはや脱臼という外科的な怪我に留まらず、排泄がうまくいかないことによる泌尿器系のトラブルや下半身麻痺による歩行困難などの重篤な障害へとつながっていきます。
猫の脱臼の治療法
例えば私たちがスポーツをしていて脱臼した時、身近に心得のある人がいると、えいやっとその場で応急処置をしてくれたりすることがあります。
しかし、猫の脱臼が疑われる時、獣医師以外によるそういった応急処置は余計に悪化させるおそれがあり、決してやってはいけません。(※人間でもあまり推奨されてはいません)
人間ならば、どのようにして脱臼したか、どのくらい痛むのか、他に打ったところはないか、ある程度の度合いは自身でも測ることが出来ますし、説明もできます。しかし、猫の場合はそれを言葉にして飼い主に伝えることはできませんし、恐らく猫自身も把握していないでしょう。
それに、例えば高いところから落下した場合、目に付く異常箇所が一ヶ所だけに見受けられても、実は衝撃によって骨も折れているかもしれませんし、内臓にも損傷をうけているかもしれません。頭を打っている可能性もあります。
「ちょっと歩き方がおかしいけれど、動物は強いからそのうち自力で治すでしょう」と放っておくと、確かに関節が歪んだまま「治って」しまうこともあります。片足が完全にあらぬ方向へ曲がっていても平気で走りまわっている野良猫なんかもいますよね。
しかし脱臼した形のままで関節や靭帯が固まってしまうと、突き出した関節が神経を痛めたり、正常でない位置に負荷がかかり続けた結果、その部位が骨折してしまったりします。
▼猫の歩き方がいつもと違うと感じたら、まず何か異変が起きてないかを考えてください
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愛猫の歩き方が少しでもおかしいと感じたら、それ以上動き回って悪化させないようキャリーやケージで動きを制限し、出来るだけ早く動物病院へ行って診てもらいましょう。
病院ではレントゲン検査のほか血液検査なども行われ、手術や入院が必要になる場合もあります。人間と比べると脱臼で大げさな!と感じてしまいそうですよね。
脱臼の治療には外れてしまった関節を元の位置へ戻す整復が行われますが、猫にとっては怖い出来事、勿論じっとしてなどいられません。関節を安全に確実に元の位置に戻すため、ごく軽度な場合を除いて基本的には全身麻酔をかけての処置となります。そのために前段階の検査も必要となってきます。
脱臼に伴って骨や靭帯、軟骨まで損傷しているような場合には外科手術も行われますし、前述のようにしっぽの脱臼で排泄が困難になっている場合はカテーテルや軟便剤を使用しての排泄を補助が必要になります。
脱臼によるしっぽの麻痺が体の重要な神経に悪影響を及ぼしたり、しっぽを上げられないことで排泄物が付着して陰部が不衛生になり続けると判断された場合には猫本体を守るためにしっぽの切断が提案される事もあります。
施術、治療後は固定と安静が一番。人間であればギプスや強いサポーターで固定して患部をあまり動かさないように気を付けることが出来ますが、そこはやはり猫ですから。体の一部を固定されることは脱臼以上に猫にとってストレスになります。
外そうと暴れて、せっかく整復した関節がまた外れてしまうようなことにもなりかねません。このような理由からギプスは付けずに、ケージでの行動制限を進める動物病院が多いようです。
猫の脱臼を予防するために
猫の脱臼の原因で一番多いものは交通事故や喧嘩、そして室内のアクシデント的な事故です。予防のためにできる事を挙げました。
完全室内飼いにして避妊去勢する
猫を外に出さないようにして、完全室内飼いをすることで交通事故のリスクは防げます。
そして、猫の喧嘩の原因はほぼすべて生殖本能に根差したテリトリー争いかメス猫の争奪戦。避妊や去勢を行う事で喧嘩のリスクも減らす事ができます。
安全な室内環境に気を配る
磨き上げられたフローリングはきちんと爪切りがなされている猫には少々難易度が高いもの。マットや絨毯を全面に敷いてしまうか、要所に裏面に滑り止めを施したマットを置くだけでも予防になります。
猫ダッシュを毎日眺めていると足を滑らせやすいポイントが見えてきますし、そういった場所はカシカシした爪痕が床に残っていたりしますよね。
逆に、よく飛び乗りたがる箪笥の上には、爪が変な具合に引っかかったり掴み損ねたりしないように布などを敷かないようにしましょう。
いっそ登って欲しくないのであればぎっちり物を詰めてしまうのも一つの方法です。軽いものが一個ぽつんと置いてある程度ですと、それを足がかりにしようとして余計に落下のリスクが高まります。
猫を挟まない、踏まない
扉の開け閉めの際に猫を挟まないように気を付けたり、猫が下に潜り込んでいそうなお布団やマットを不用意に踏まないようにすることも大切です。
とはいえ、気を付けていても起きてしまうのが事故というもの。我が家の例では、開け放してあった扉を猫が通ろうとしたタイミングで、運悪く風にあおられて勢いよく閉まってしまい、猫が胴体のど真ん中で挟まれてしまった事があります。
幸いにして骨も内蔵も無傷で済みましたが、開け放してある扉はドアストッパーを利用したりして固定しておきましょう。
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しっぽを引っ張らない
猫飼いにとっては当然の事ですが、飼ったことのない人は案外これを知らないでいます。子供さんや猫になじみのない来客が猫のしっぽに興味を持っているようでしたら(猫のしっぽは魅惑的ですからね!)、それとなく注意しておくといいでしょう。
子供のころ、猫を触っていると大人から「猫のしっぽは引っ張ると抜けちゃうからね」と言い含められたものです。猫に嫌われたくない一心で、勿論そんなことはしませんでしたが、子供心に「いや、抜けないでしょう」と甘く考えておりました。
▼猫のしっぽはとても敏感な場所なので、絶対に引っ張ってはいけません
【雑学】猫のしっぽのヒミツ。しっぽの短い猫は化け猫対策!?
子供さんが猫のしっぽを触りたがる時は是非、なぜいけないのか、その理由も柔らかく噛み砕いて伝えて頂きたいと思います。
猫の脱臼は人間より重症
人間より激しく動くがゆえに、そして人間のようにじっと安静にしていられないがゆえに、人間の脱臼よりも重篤化しやすい猫の脱臼。
脱臼は正しい位置に整復して、しっかり完治させることが肝要ですが、そうしていても、一度脱臼を起こした関節は他と比べて脱臼を引き起こしやすく、猫の場合は特にそれが顕著なのです。
▼猫の脱臼は決して自然治癒ではなく、病院でしっかりとした処置をしてもらってください
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脱臼を起こしたら速やかに動物病院で正しい処置を受けること、そして何よりまず、脱臼が起こらないように予防に努めることが大切です。
太りすぎていたり、骨に関する栄養が不足していても、猫は脱臼を起こしやすくなります。バランスの良い食生活に気を付ける、猫にとって安全な室内環境を整える、この当たり前の「猫にとってより良い生活」を考えることが脱臼の予防にも繋がっていくのです。