発電所の電力はタービンが回転することで生み出されています。現在、その動力源として水力、風力、火力、原子力と様々なエネルギーが採択されていますが、より安定的かつ安全な方法は常に模索され続けてきました。
そしてついに、人類は永久機関の原理を見つけ出したのです。用意するものはバターをたっぷりと塗ったこんがりトーストと、猫。究極のエコでキュートな夢の回転システムとはどのようなものでしょうか?(※この実験はフィクションです。猫と一緒に寝転がりながらふんわりお楽しみください)
バター猫のパラドックスとは
誰しも一度は、バターを塗ったトーストをうっかり取り落とした事があると思います。その時のことを思い出してみて下さい。どうでしょう。思い出の中のあなたは、食べられなくなったバタートーストを恨めし気に眺め、唇をかみしめて床を拭いていませんか?
「バターを塗ったトーストは必ずバターの面を下にして落下する」この現象は古今東西を問わず観測されているもので、かの有名なマーフィーの法則にも列挙されています。
さて、床を拭くあなたを見て、棚の上にいた猫が「バター舐めて手伝ってあげようか?」と飛び降りてきました。この時、猫は当然のように軽やかに着地してみせます。そう、いつだって猫は足から着地するのです。
つまり、
- バタートーストはバターの面が床に落ちる
- 猫は足から着地する
それでは猫の背中にバター面を上にしたバタートーストをくくり付けた時、どんなことが起きるでしょうか。
バター面が接地するというトーストの物理法則と、猫の足から着地する習性がせめぎ合い、両者は軽く中空に浮いたままぐるぐると回転し始めました。なんということでしょう、これが猫トーストタービン、永久機関の始まりです!
―と、まあなんとも馬鹿げたジョークです。しかし一笑に付す前にもう一度よく考えてみて下さい。バタートーストはバター面を下にして落ちますよね?猫は足から着地しますよね?両面がそれぞれ接地しようとした時…回転しながら浮く以外の結果があるでしょうか。
かつて古代中国において、何物をも貫き通す矛と、何物をも跳ね返す盾がぶつかった時、両者はその特質を守るため双方ともに壊れるしかありませんでした。これぞまさに「矛盾」。
それぞれの理論は正しい筈なのに結論は何か違う…でも誰にも論破できないむずがゆさから、この理論上ぐるぐる回転しながら浮いている猫トーストは「バター猫のパラドックス」と呼ばれています。
バター猫の楽しみ方
猫をモチーフにしたパラドックスには他に有名なものとして「シュレーディンガーの猫」があります。量子力学の思考実験であり、専門性が高いこのシュレーディンガーの猫に比べ、このバター猫はそのゆるさから広く親しまれているように見受けられます。
しかし、本当にそんな単純なお話でしょうか。重箱の隅をつついていくとその奥は意外に深いものでして、例えば「トーストはバター面を必ず下にして落ちる」これは物事のマイナス要素ばかりを強調して認識してしまう認知バイアスの問題でもあります。
トーストが落ちるという事象は物理法則ですし、どちらの面が上を向くのかは確率論です。猫が足を下にして落ちるのは言わずもがな、猫という生き物の習性であり機能ですね。
つまりこのバター猫のパラドックス、一見ばかばかしいように思えますが、心理学(認知バイアス)、物理学(落下の法則)、数学(バター面が接地する確率)、生物学(にゃんぱらり)と実に多様な側面から楽しむことが出来る優れたテーマなのです。
元になったマーフィーの法則は今やマーフィー学と呼ばれ心理学、哲学に属すると考えられていますが、その大元はカリフォルニアの空軍属のエンジニア、エドワード・マーフィーJrの「失敗の余地があれば人はそれをやってしまう」という言がベースになっているとされています。
そうした出自から、エンジニアの世界ではトラブル回避のための思考トレーニングとして広く親しまれてきました。
「パンはバターを塗った面を下にして落下する」という概念はマーフィーの法則に登場するより以前からイギリスで言い交わされてきた諺です。アメリカに伝播してから「その確率はカーペットの値段に比例する」と付け加えられました。
この法則性は実に多くの人の心をとらえ、テレビや雑誌で何度も検証が重ねられてきました。1996年にはイギリスの物理学者がバター面の落下について真剣に研究を行い、イグノーベル賞を獲得しています。
それによると実際にバタートーストはバター面を下にして落下する確率が高く、それを覆すためには試算上3メートル以上の高さが必要となるそうですよ。
それにしてもバタートーストが考案されてこのかた、人類はいったいどれほどのバター面を床に投げ打ってきたというのでしょうか…。
実際にやってみるとどうなるの?
この記事を書きながら先程、自分だけは大丈夫とばかりにピザトーストを焼いていたらやっぱりピザ面から落としました。人はこの宇宙の法則から逃れられないのでしょうか。隣の部屋では高さのある場所で寝ていて落下した猫が何くわぬ顔で毛づくろいを始めています。
落ちたトーストと猫をつい何度も交互に見てしまいます。
猫は落下中、視覚と耳の中の三半規管をジャイロセンサーのように働かせて正しい水平を瞬時に判別し、素早く頭、上半身、下半身の順で体勢を立て直して安全に着地します。背中にパンをくくり付けていた場合、その妨げになりかねません。そうでなくてもわざわざ猫を落下させてはいけません。
バター猫のパラドックス、結果はわかっていてもつい試してみたくなりますが、実際の猫で実験するのは絶対にやめましょう。
また、そもそもパンの両面にバターを塗ったら同じことでは?なんて事も考えてはいけません。猫がバタートーストを背負いながらぐるぐる回ってしまう事に意義があるのです。だってその方が可愛いのですから。