シュレーディンガーの猫の謎。箱の中の猫は生きていて死んでいる?

ここに、箱があります。猫と毒ガス発生装置が入っているそうです。猫が生きているか死んでいるのか、箱の外からはわかりません。

この有名な思考実験「シュレーディンガーの猫」。猫好きの目線からすると、まず真っ先に箱を開けて猫を助けたくなりますね。そして生きていた猫を抱きしめながら、こんなことをしたオーストリア人男性(当時48歳)に詰め寄りたくなるところですが、今回は猫虐待への問題提起ではありません。

生きていて、死んでいる不思議な不思議な概念の猫、あまり可愛くない量子力学のお話です。

シュレーディンガーの猫

内容の詳細はともかく、名前と絵面はとても有名な「シュレーディンガーの猫」、具体的にはどのような実験なのでしょうか。

まず、外から中が見えない箱を用意します。そこへ生きた猫と、放射性物質を出す装置と、放射線測定器と、毒ガスの入った瓶を入れます。

放射性物質はいつ放射線を発するかわかりません。放射線が出ると測定器が反応し、ハンマーが落ちてきて毒ガスの瓶が割れる仕組みになっています。毒ガスが発生すると同時に猫は即死するものとします。

さて、今この瞬間、猫は生きているでしょうか?死んでいるでしょうか?

舞台装置としてはこの状態です。これだけでは何の実験がしたいかわかりませんね。

「シュレーディンガーって猫の名前だと思っていた」「というか装置が作動する前に猫を助け出したい」「ふたを開ける前に箱ごと潰してしまえば観測せずとも答えは一つ」「何事もふたを開けてみるまで分からないってこと?」―いずれも誤解です。

この装置に入れることで猫は生きている状態と死んでいる状態を併せ持ち、観測するまではその結果は確定しない、というのがこの実験の示すところです。余計に何のことかわからないと思います。これを納得するためには、まずは脳内を量子力学の視点にシフトしていきましょう。

量子とはこの世のありとあらゆる物質も構成している大元の小さな小さな粒のことです。例えば原子はすごく小さな粒ですが、この原子を細かく見ていくと原子核の周りを回る電子で構成されていて、更にこの原子核も陽子や中性子といった素粒子(細かい粒)からできています。

あまりに小さな話でピンときませんが、宇宙規模で考えると私たち一人一人や猫の一匹や二匹も”目に見えないほど小さい”わけで、世界は日常の想像を超えるレベルで大きいものや小さいもので出来ているんだな、と漠然と考えて頂いて構いません。

古代ギリシアの時代より、様々な賢い先人たちが物質・物体が動くしくみについて考えを重ね、物理学を作り上げてきました。リンゴの落下でおなじみのニュートンで知られる力学などはその体系に連なる学問のひとつです。

ニュートン力学ではすべての”モノ”の動きは法則によって決まっていて、位置や速度で計算が可能、というのが定説で常識でした。そう、量子が確認されるまでは。

目に見えるリンゴは手を離せば従来の自然の法則通りに落下します。しかしこの、目に見えない粒々の構成員、量子たちは実にフリーダムに動くことがわかりました。これはもう、どう動くか確率でしか言い表せない、そんな量子の動きを説明する考え出されたのが量子力学です。

対して今までのニュートン力学は古典力学と呼ばれるようになりましたが、対立関係ではありません。扱うものの大きさが目に見えて大きいものは法則的に動くため古典力学の管轄となり、目に見えないほど小さければ確率的に動くため量子力学が受け持ちます。

現在ではそのように住み分けられていますが、20世紀初頭はまだ、当時の名だたる物理学者たちにとっても受け入れがたい理論であり、アインシュタインは「神はサイコロを振らない」と反論して、アインシュタインと交流のあったシュレーディンガーも同意見を持ちました。

量子には波のように動いていたものが、人の目で観測する事によって粒として動き始めるものがあります。観測してみるまでそれが波であるか粒であるか確定しない、つまりは波と粒の両方の可能性が同時にまざりあった状態で存在しているというわけです。

この説に対して、シュレーディンガーは「猫をこのような仕掛けの箱に入れた時、量子力学ではその猫は生きている状態と死んでいる状態が重ね合わさっているとでもいうのですか?」と反論しました。

これがシュレーディンガーの猫が示したいことです。「生きていて死んでいる猫なんて変なの」という直感は正しいのです。そもそもが「それっておかしな状態でしょ?」という指摘の為に作られた説なのですから。

ちなみに、古典物理の範囲で扱うべき猫を題材にしているため、ありえない結果となりますが、量子力学に沿うように、猫を光子、生をプラス状態、死をマイナス状態に置き換えた実験ではこの重ね合わせの状態は実在できるそうです。

観測は出来ますが、どうしてそんなことが起こるのか、しくみは未だ解明されていません。

シュレーディンガーはどんな人?

エルヴィン・シュレーディンガーは1887年にオーストリアの裕福な家に生まれました。一人っ子で周囲の期待と愛情を一身に受け、ギムナジウムを経てウィーン大学で物理学や数学を修めます。26歳の時にウィーン大学の講師に就任。金髪碧眼のイケメンで、趣味は詩作と哲学と演劇鑑賞。

まさにお坊ちゃま育ち、生え抜きのエリートといった印象を受けますが、講師就任の年に第一次世界大戦の勃発に伴って招集され、砲撃兵としてイタリア国境に配置されたりその後のオーストリアの経済封鎖に巻き込まれて実家共々困窮したりと時局柄の苦労も経験しています。

それでも兵役服務中に任地で論文を書き上げたり、戦後の困窮下に知り合ったアニーには空気中の電気に関する論文を捧げてプロポーズするなど、精力的に活動を続けます。

気象学、色彩学、波動力学など様々な分野で頭角を現し、量子力学の基礎となるシュレーディンガー方程式を提唱したことをきっかけに1933年にはノーベル物理学賞を受賞しました。

アインシュタインとも交流を持ち、量子力学の重ね合わせについて手紙をやりとりするうちに最初にアインシュタインが箱の中に入ったボールの例を持ち出し、そこへ両者が肉付けを行っていきました。

そしてシュレーディンガーが1935年に自然科学誌に発表した論文の中に用いられた箱と放射線装置と毒ガスと猫の例が、今日「シュレーディンガーの猫」として広く知られています。

若い将来有望な研究者から、各大学から引っ張りだこの物理学者になるまでの変遷の最中には数々の浮名も流しました。1933年、オックスフォード大学に招聘された時には本妻と愛人が同行して関係者を大いに困惑させたといいます。

愛人は親友の奥さんでシュレーディンガーの子どもを妊娠中、生まれた子どもを養育する本妻にも彼氏は別にいる有様で、後には更に他2名の女性とそれぞれ子供をもうけています。量子もつれ状態もびっくりのもつれっぷり、並外れたバイタリティを感じさせますね。

どこにでもカジュアルルックにリュックを背負ったハイキング姿で出かけるため、一度は浮浪者と間違われて大学の守衛室で拘束されたことも。しかし変人の一言で片づけられないほど様々な分野で土台となる理論を作り上げ、多大な功績を残しました。天才とはつくづく常人には計り知れないものですね。

思考実験の動物模様

ギリシャ哲学における「アキレスと亀」、心理学における「ビュリダンのロバ」、はたまた中国思想の「胡蝶の夢」、確率学における「タイプライターと猿(無限の猿定理)」、動物になぞらえた思考実験は数多くあります。

この「シュレーディンガーの猫」もまた、前述の通りアインシュタインとシュレーディンガーの往復書簡の中で行われた思考実験であり、実際に猫を毒ガスと共に箱に詰めた実験が行われたわけではありません。

この思考実験を基に”箱・猫・放射線装置・毒ガス”を”部屋・人・スイッチ・ランプ”に置き換えて実際に実験を行った例はあります。「ウィグナーの友人」と呼ばれるこの実験の場合、猫と違って人が言葉で観測者にランプが点いたかどうかを伝えることになります。

さて、ランプの点灯が量子力学的に確定するのは部屋の中の人が点灯を観測した瞬間でしょうか?それとも点灯を観測者に伝えた瞬間でしょうか?ここまでくるともう天才同士のハイレベルな屁理屈のような気もしてきます。

ともあれこの思考実験、用いられたのが猫ではなかったら、ここまで一般に広く知られることは無かったのではないでしょうか。

何故に猫なのか、明示する資料はありませんが、一説によれば彼自身が猫を飼っていたともされますし、幼少期交流のあった大叔母の家で猫が6匹も飼われていたことも関係しているかもしれません。

猫という身近で可愛い存在が量子力学における(一般的には)不可解な現象とミックスすることで、聞く者の脳内に箱の中の猫が所在なさげに鳴いているビジュアルとその名前が強くインプリントされてしまいます。

「シュレーディンガーの猫」と並んで人気の高い思考実験には「バター猫のパラドックス」なんてのもあります。やっぱりみんな猫が大好きなんですね。

小さくて深くて広い量子の世界

目の見えない人にミルクを説明する時、「白い飲み物」と説明しても相手には「白い」がわかりません。「白鳥の色」と説明しても「白鳥」がわかりません。「首の曲がった鳥」と説明しても「曲がっている」がわかりません。

ついに相手の腕を掴み、曲げ伸ばししながらその状態を説明したところ、相手は「ミルクがわかった!」と答えましたが、果たして目の見えない彼は本当にミルクを理解できたのでしょうか…?

これはあるパーティーで同席した人に「相対性理論をわかりやすく説明して欲しい」と求められたアインシュタインが用いた例え話です。理論を正しく理解するためにはその土台となる知識がどうしても不可欠という事ですね。

今回、シュレーディンガーの猫をごく簡単に説明するために、たくさんの情報量を削ぎ落しました。削りすぎて誤解を生みかねない表現もありますので、もっと詳しく知りたい方は専門書をひもといてみて下さい。二重スリット実験は動画を検索して頂くとわかりやすいです。

今や量子はコンピューターにも応用され、半導体や交通渋滞の研究、果ては日常生活になくてはならない検索システムにもそのひげ根を伸ばしています。目に見えない程に小さな量子の世界ですが、その深淵を覗き込むとき、世界は猫の額より広いのです。

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