ウイスキーキャットたちの物語。オーク樽の上にはいつだって猫がいた

ウイスキーはお好きですか?

静かな夜、お気に入りのグラスに氷と一緒に少しだけ注いで、ゆるりと溶けていく色と味を目と舌で楽しむのは乙なもの。濃いお酒はちょっと苦手、という人にはハイボールやマンハッタンと呑み方を変えて寄り添ってくれる懐の深いお酒です。

愛すべきこのウイスキー、良質な大麦と腕の良い職人が肝要なのは勿論のこと、かつては猫の力なくしては為しえないものでした。美味しいウイスキーを作るため、醸造所と大麦を守るウイスキーキャットの物語をご紹介します。

ウイスキーキャットとは

どうしてウイスキーに猫なのか、まずはウイスキーの成り立ちからご説明します。

ワインに代表される果実酒を蒸留したブランデー、その歴史は古く1300年代にまで遡ることが出来ます。15世紀に入ってからその製法は世界各地に広がり、その土地ごとに収穫しやすい果物以外の原料(例えば大麦やトウモロコシ)を用いた蒸留酒づくりが発展しました。それがウイスキーです。

スコットランドやアメリカが産地として有名ですが、前者スコッチは大麦を主な原料として後者バーボンはトウモロコシが主原料の半分以上を占めます。いずれにせよ、原料は穀物です。

有名な蒸留所にはアイルランドのブッシュミルズ(1608創業)、スコットランドのグレンタレット(1775創業)アメリカのウッドフォードリザーブ(1812創業)など数百年の歴史を持つところが少なくありません。

今でこそ現代の基準を満たした近代的な設備に置き換わった部分もありますが、かつてはその時代相応に、気密性の高い建造物ではありませんでした。大きな建物であるがゆえに気づかない部分で屋根に隙間もあれば壁の綻ぶところもあった事でしょう。

ネズミや鳥などの小動物が出入りするのもたやすいことだったのです。しかも醸造所には原料となる穀物が大量に貯蔵されていますし、その生産の序盤には一度水に漬けた大麦を倉庫いっぱいに広げて熟成させる過程がありました。

倉庫一面の麦…ネズミや小鳥にとってはなんとも魅惑的な食べ放題会場です。ウイスキーの醸造には常にネズミ害との闘いが付きまといました。しかもこれからウイスキーになろうという大麦ですから、いくらネズミが跋扈しようとも殺鼠剤をまき散らすような事は出来ません。

そこで猫の出番です。大麦には興味が無く、ネズミを狩ることを得意とした猫はまさに倉庫番にうってつけの存在でした。

ディスティラリーキャット(醸造所猫)、マウザー(ネズミ捕り)、そしてウイスキーキャットと呼ばれた彼らは「害獣駆除員」の肩書で職員台帳に名前を連ねるほど敬意を持って大切にされていました。

そのリクルート方法は様々です。近隣の農家から譲られることもあれば、飛び込みでやってきて採用されたり、代々世襲で務めたりしました。経営者が同じ系列の蒸留所を自分の判断で人事(猫事?)異動してしまう猫もいたそうです。

オフの日は同僚猫と町へ繰り出して遊んだり、中にはバスに乗ってお出かけを楽しむ猫もいたり。麦とウイスキーの香り漂うおおらかな島の中で、猫たちはのびのびと仕事に励んでいたようです。

現代では衛生面での規制から猫が醸造の現場に入ることはできませんし、品質に影響をもたらさずにネズミを避ける方法も発達してきたため、マウザーとしての猫はお役御免となりました。

それでも多くの蒸留所がウイスキーキャットの伝統のままに今でも猫を飼っています。やってくる旅行者にウイスキー樽の上でくつろいで見せたり、構内をきまぐれに案内したりと、今後は広報として活躍の幅を広げていく事でしょう。

有名なウイスキーキャットたち

蒸留所のシンボルマスコットともいえる猫たち。中にはネズミを捕ったその数で、そしてその可愛さで、名前を馳せた猫たちも少なくありません。有名なウイスキーキャットとそのエピソードをご紹介します。

グレンタレットのタウザー

スコットランド最古と言われるグレンタレット蒸留所のタウザーは1963年4月21日生まれ。往年の写真を伺えば威厳すら感じさせるワイルドな風貌の長毛キジ白のこのメス猫は、24歳で没するまでの19年間の任期の間に28,899匹ものネズミを捕まえたことでギネスに登録されています。

この数字は、彼女はネズミを捕まえるたびに見せに来た数を職員がある時から記録を付け始めたことで計上されていますので、報告せずに食べてしまったかもしれない数や、記録以前の数を考えるともっと大きな数字になることでしょう。

奇しくも女王エリザベス2世と同じ誕生日だったため、タウザー名義で女王に贈られたバースデーカードに女王が「(人間の年齢に換算すれば)161歳のお誕生日おめでとう」と返事を返した逸話が残っています。

テレビや新聞にもたびたび登場し、世界中のファンからキャビアやスモークサーモンを送られるほどの人気を博していました。死後、蒸留所には彼女の銅像が建てられ、敷地内のコンクリートに残された足跡と共にタウザーを偲ぶ人気のスポットとなっています。

すっかり猫の蒸留所として有名になったグレンタレットではその後も2代目アンバー&ネクター、3代目ディラン&ブルック、4代目バレリー、5代目ピート、6代目グレン(およびグレン2世)&タレットとウイスキーキャットの系譜を繋いでいます。

ウッドフォードリザーブのエリヤ

アメリカンウイスキー、バーボンの一大産地として知られるケンタッキー州のウッドフォードリザーブには有名なおもてなし猫のエリヤがいました。

ある時あらわれたその茶白の雄猫は経営者に対して「ごはんください。ここにいます」と非常に熱心に自分を売り込んだそうです。その甲斐あってかその猫は創業者に因んでエリヤの名前を与えられ、ウィスキーキャットの任に着く事になりました。

しかし、彼はネズミ捕りに関しては特筆すべき記録は特にありません。経営者はそれを「観光客にたくさんごはんをもらうからネズミを捕る必要がない」と彼に代わって弁明しています。

ただもうかわいく在っただけ、実に20年以上、おもてなしに勤しみ、特にお腹見せゴロンで背中クネクネするさまは多くの観光客を魅了したといいます。

2014年に老衰のため没したときには数百人の人が”#RememberingElijah”のハッシュタグの元に、ネット上でその悲しみと在りし日のエリヤの姿を共有しました。

エンピリカル・ブルワリーの4匹のバスターズ

時代の流れと共にウイスキーキャットの役割が広報業務に移りつつある昨今ですが、本来の”ウイスキーキャット”よろしくマウザーとして活躍する猫たちがいます。これはウイスキーではなく、ビール工場での出来事です。

シカゴにあるビール醸造所エンピリカル・ブルワリーでは原料の麦芽を食い荒らされるネズミの被害に悩まされていましたが、2014年、保護猫を企業のネズミ駆除に斡旋する”Cat at Work”という取り組みを通じて4匹の猫を採用しました。

その成果は迅速に、かつ如実に現れました。4匹の猫たちは専門の駆除業者ですら対処しきれなかったネズミの大軍を数日で駆逐してのけたのです。

猫たちはベッドやトイレ、おもちゃやおやつを与えられ、昼間は広々とした工場内を自由に走り回り、夜は隣接する経営者宅へ帰宅して寛ぐという福利厚生もオンオフもばっちりの雇用体制の元、今日も業務に勤しんでいる事でしょう。

彼らにはゴーストバスターズの4人組に因んでヴェンクマン、レイ、イゴン、ゴーサと名付けられました。ユーモアの中にも、彼らが工場でどれだけ頼りにされているかが伝わってくるネーミングですね。

「ザ・ウイスキー・キャット」のすすめ

C・W・ニコル氏の著書「ザ・ウイスキー・キャット」をご存知でしょうか。

ニッカウヰスキーのCMに出演し、余市ウイスキー博物館の名誉館長という肩書を持ち、ウイスキーソングのCDもリリースするほどのウイスキー愛好家として知られる著者が、スコットランドの蒸留所を巡って拾遺したウイスキーキャットのエピソードをベースに描いた物語です。

一匹の老ウイスキーキャットが子猫時代からの成長や活躍を回顧する物語で、語り手である主人公猫ヌースや勤め先の蒸留所こそ創作ですが出てくるエピソードはすべて実話とのこと。(と、いうことは大麦に××しちゃったり、攪拌窯に××ちゃったウイスキーキャットも実在したのでしょうか!?)

マウザーとしての誇りとそのテクニック、相方猫との一言で言い表せられない絆、手に汗握るネズミとのバトル…ウイスキーと猫を愛するすべての人に、手に取って頂きたい一冊です。

猫の瞳のような琥珀色のウイスキー、その味を守ってきたウイスキーキャットに思いを馳せながら、タウザーの肉球スタンプつきライトハイランドリキュールのボトルを傍らに置いて、読書の晩酌タイムと洒落こみたいところ。

しかし伝統と格式のシングルモルトにはとても手が届かないので、私は今夜もトリスでハイボール。

それでは皆さまご一緒に「ウイスキーキャットに乾杯!」

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