悪の組織のボスと膝の上の猫。ルーツとなった作品とノワールな関係

ここは悪の組織のボスの部屋です。ライティングは抑えめ、ほのかなスタンドライトの明かりにボスの姿が不気味に浮かび上がっています。重厚なデスクはマホガニー、玉座のような椅子は赤いビロード張り…葉巻を片手にくゆらせながら、部下たちを静かに、威圧的に睥睨しています。

「失敗は許さないと言ったはずだ…」とさっきも同僚が一人、絶叫と共に扉の向こうへ引きずられていきました。次は誰が粛清されるのか…ピリピリしたムードの中、部下たちには以前から気になっていることがひとつありました。

「なんでいつも、猫?」

古今東西ボスの膝の上には必ずと言っていいほど鎮座している白いフサフサしたあの猫、なんでいるの?いつからいるの?そもそもどうして猫なの?今回は悪の組織のボスの膝の猫の謎について迫ります。

悪の組織のボスの膝の猫のルーツはあの有名映画から

悪の組織のボスといえば、葉巻、ダークスーツ、ブランデーグラス、そして膝の上に猫がいるのが定番と化しています。

チワワが尻尾をピチピチ振っていたり、うさぎちゃんがお鼻をピスピスさせていたりということはありません。ましてや「奴を消せ」などと命令を下しているボスの隣でハムスターがカラカラと回し車を全力疾走しているなんてことは無いわけです。

膝には必ず猫、しかも白い毛がたっぷりとしたふてぶてしくも高級そうな猫。この悪の組織のボスの膝の猫のイメージは一体どこからやってきて私たちの中に定着したのでしょうか。

それはスパイ映画の金字塔「007」シリーズに登場する悪の組織スペクター、そのボスのブロフェルドの膝の猫がルーツと言われています。

ブロフェルドが初登場した「ロシアより愛をこめて」では全貌が開かされず、部下に命令を下す冷酷な声音と、白いペルシャ猫を撫でている手元だけが登場しました。これ以降、ブロフェルドと言えば右手小指に嵌められた大きな指輪と膝の猫がシンボルマークとなります。

これによって悪の組織のボスの膝の猫は人々の心に強く印象付けられ、007シリーズを超えて様々な作品で悪のボスを演出する小道具として登場することになりました。

膝に猫を乗せた悪の組織のボスと言えばもう一人、ゴッドファーザーのドン・コルレオーネが挙げられます。

映画の冒頭で知人から殺しの依頼を受けながら膝の猫を撫でる姿が非常に印象的なボスっぷりですが、この猫はもともと脚本には登場しておらず、たまたまそこにいた猫をアドリブで登場させたという経緯から、007のパロディではなく別系統と位置付けたいと思います。

コルレオーネのお膝をも制覇したことで、猫はグローバルに世界征服を狙う悪の組織のみならず、より地域に密着した反社会的組織のお膝もイケる存在として、そのブランドイメージを決定的なものとしました。

猫を膝に乗せた悪の組織のボスが出てくる映画

悪の組織のボスの膝の猫のルーツ、そして有名なパロディー作品をご紹介します。

「007」シリーズ(1962年~)

イギリス秘密情報部の工作員ジェームズ・ボンドと世界征服を企む悪の組織スペクターとの戦いを描いたスパイアクション映画で、1962年に1作目の「ドクター・ノオ」が公開されてから2015年公開の「スペクター」まで24作品が作られており、日本でいうところの水戸黄門的に世代を貫く人気作品です。

スペクターのボス、ブロフェルドが常に膝にのせているのはアイラインのくっきりした目力のある白いペルシャ猫。死んだ熱帯魚を意味深にボスの手から食べて敗者の末路を暗示したり、ボスの激高に合わせて甲高く鳴いてみたりと随所でボスを盛り上げる働きぶりを見せます。

しかしながらこのボス、危険な場所にも猫を同行させたり影武者にもよく似た猫をあてがって捨て駒としたり、猫飼いとしては苦言を呈したい部分もあります。大体ダイヤモンドぎっしりの首輪は猫には重すぎるんじゃないでしょうか。

ボスは版権の関係で全シリーズに登場するわけではないため、猫を目的に見るのなら「ロシアより愛をこめて」「サンダーボール作戦」「007は二度死ぬ」「ダイヤモンドは永遠に」「ユア・アイズ・オンリー」「スペクター」あたりがオススメです。

ゴッドファーザー(1972年)

第2次世界大戦後のアメリカを舞台にイタリア系移民のマフィア、コルレオーネ家の家族愛と暗黒界の駆け引きを描くフィルム・ノワールです。

映画の始まりは薄暗い部屋の中、暴行された娘の仇を討って欲しいと懇願する男の声に耳を傾けるボス、ヴィトー・コルレオーネ。その膝にはスレンダーなキジトラ猫がいます。

頭上で深刻なやり取りがされているのもどこ吹く風、ボスの膝の上でとっても寛いでます。「お腹撫でてー」と仰向けにゴロンしてみたり、「ねえもっと撫でてー」と前足でボスの手をチョイチョイしてみたり。ボスの方も非常に猫のツボを押さえた撫で方をしており、相当な猫好きと見受けられます。

監督の音声解説によると「たまたまスタジオの中を走り回っている猫がいたから何も言わずマーロン(主演男優)に手渡してみた」のだそう。動物好きだったマーロン・ブランドはすぐさま猫を気に入ってお膝に乗せたまま撮影開始となりました。

黙って猫を渡す監督、猫を抱っこしたままナチュラルに演技に入る俳優、現場を想像するとハードなシナリオとは裏腹に平和な気持ちになれますね。この猫の寛ぎっぷりは本物で、ゴロゴロ音が大きすぎて音声の収録に支障が出るほどだったそうです。

猫が出るのはこのシーンのみですが、続編のセットの中、亡き先代ヴィトーの肖像画には猫も一緒に描かれています。

オースティン・パワーズ(1997年)

イギリスの諜報員オースティンと世界征服を企むボスDr.イーブルの戦いを描くコメディ映画です。基本設定が「007」シリーズのパロディーであるため、悪の組織のボスの膝の猫もしっかりと継承されています。

ただし、こちらは白いペルシャ猫ではなく、無毛のスフィンクス。もともとは白いペルシャ猫だったのですが、30年間、冷凍睡眠していた副作用で毛が全部抜け落ちてしまったという設定になっています。

007のブロフェルドと比べてこちらのボスは猫飼いレベルが高く、部下のヒステリックな奇声の度に猫の耳を塞いであげたり、殺人マシーンの試運転の際には目を覆ってあげたりする気遣いを見せ、常に猫を「ビグルスワース君」と君付けで呼びます。

この猫の本名はテッド・ニュージェント、ショーキャットの出身で長時間の撮影中、大勢の人に囲まれていてもじっとしていられる事が重宝されていました。

オースティンとDr.イーブルはマイク・マイヤーズが1人2役で演じていますが、撮影の合間にはずっとコミュニケーションを図っていたそうです。道理で、ぴったりと息の合ったボスと猫の主従っぷりなんですね。

ボルト(2008年)

ディズニーのCGアニメ映画。リアリティを追求するため”悪の組織に少女が立ち向かうTVドラマの設定”を現実だと信じ込まされていたタレント犬ボルトが現実の世界を知り、自分らしさを取り戻していくストーリーです。

この劇中作のTVドラマに登場する悪の科学者は膝の上ではないのですが、肩に載せたりして常に2匹の猫を従えています。

この黒いアメリカンショートヘアとヒマラヤンの2匹は自分たちが役者であることを自覚しており、撮影時間外にボルトをからかいに行くなどなかなかイヤな性格で「いかにも悪役です」というわかりやすい演出に一役買っています。

悪の組織のボスの膝に猫が似合う理由の考察

それにしてもボスの膝の上にはなぜ猫が似合うのでしょうか。

カリフォルニア大学とカリフォルニア州立大学がペットオーナー1,000人に対して行ったアンケート調査では猫好きに多い心理的傾向は「独創性に富む」「大胆で冒険を好む」「心配性である」という結果が得られました。

悪の組織のボスともなればある意味経営者です。独創性は必須でしょう。世界征服を達成するためには時には冒険心もなければいけませんし、慎重さも持ち合わせていなければなりません。

世間の裏側で暗躍し、独裁的でプライドが高いボスのイメージも、夜行性であり、単独行動を好むマイペースな猫に似ています。

ブロフェルドとドン・コルレオーネが共通して飼っているのは猫の他にもう一つ、熱帯魚が挙げられます。薄暗い書斎で熱帯魚の水槽だけを明かりとしながら猫を膝に抱いて物憂げに組織の行く手を沈思黙考する、悪の組織のボスとは共通認識としてそういうものなのです。

大体、朗らかにリーダーシップを発揮して公明正大に世界を治めようとする人は普通に政界に出馬して、休日は海岸でゴールデンレトリバーにフリスビーでも投げていると思います。たぶん。

猫は出演しているだけで名役者

007でもしボスの膝に猫がいなかったら、ブロフェルドはなんとなく手元だけ出てくる黒幕に過ぎません。猫をゆっくり撫でる手つきは不気味さが際立ちますし、猫の反応で部下に圧を与える事にも成功しています。

「整形を繰り返し、影武者もたくさんいる」という不定形のキャラクターをボスと決定づけるシンボルマークの役割も果たしているのです。

ゴッドファーザーにおいては「友人でもファミリーでもない君が困った時にだけこの私に頼みごとをする、この貸しは安くない」と請願者に脅しをかけるボスの膝の上で猫がメロメロに溺愛されている事が「身内には愛情深い」ことを示唆するようにも見えます。

Dr.イーブルは猫の扱いを見ているだけでもう憎めないキャラ付けはばっちりです。

ボルトでは猫は悪の手先、と思い込んでいたボルトが旅を経るうちに捨て猫のミトンズと分かり合う事で、猫は必ずしも悪の手先ではない=今まで信じてた世界は現実じゃないのかも、と認識を改めるきっかけとなっていきます。

日ごろから猫の表情や行動は観る者の心次第でどのようにも解釈できる部分があります。猫は存在自体が意味深長、出演するだけで場に深みを持たせる名役者と言えるでしょう。

皆さんも映画の中に悪の組織のボスが出てきたら、お膝に猫がいないか探してみて下さいね。

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