猫の抜爪手術は本当に必要?人道的な是非と安全性への疑問

猫の日課と言えば、お昼寝、毛づくろい、玄関ダッシュに爪バリバリ。特に爪とぎはライフワークと言っても過言ではなく、毎日熱心に研ぎ、時には牙を使って古い角質を剥ぎ、じっと見つめて仕上がりをチェック、満足がいかなければ更にガリガリと研ぐ念の入れようです。

そんなご自慢の爪の使いどころは時として飼い主に向けられまして「あんまり引っ掻くと爪抜いちゃうよ!」などと叱ったりもするわけですが、冗談抜きで本当に、爪を抜いてしまいたいと思ったことはありますか?

今回は猫の抜爪手術についてお話しします。

猫の爪を抜く、ディクロー手術・抜爪手術とは

飼い猫による人や家具への引っ掻き被害のひとつの解決法として、猫の抜爪手術(ばっそうしゅじゅつ)が挙げられます。

抜爪手術、と表記するとあたかも爪だけをひっこ抜いてつるつるの指先にしてしまうような印象を受けます。それはそれでおおごとですが、正しくはディクロー(De=離れる/claw=爪)手術。

爪を根元から除去する、つまり指先の切断手術の事です。是非の程は後述しますので、本項では術式の説明のみに留めます。

抜爪術の解説イラスト

猫も人間も四肢の先端、指先・つまさきに相当する部分に末節骨という小さな骨があります。猫の爪を切る時、肉球をにゅっと押して爪を全開にしたときに出てくる根元部分がその一部です。末節骨の先端(画像の左上拡大図の○印)に爪の細胞があり、爪はここで作られて伸びてきます。

抜爪手術では猫に麻酔をかけ、この末節骨をまるごと、あるいは部分的に切除します。切除部分を爪周辺に限定することで、指を動かし体のバランスを取るために必要な腱を傷つけることを避けたり、術後の回復を少しでも早めることが期待できます。

従来はギロチンタイプの手術用具やメスによって切除されていましたが、昨今は医療用レーザーが主流になりつつあります。

ギロチンやメスの場合は、大切なクッションとなる肉球まで切除されてしまったり、必要な部分が切除されていなかったりするために再び爪だけ生えてきてしまうトラブルがまれに起きていました。

医療用レーザーでは爪の元となる細胞も焼き切り、熱によって止血や滅菌も可能ですので、術後の出血や感染症、化膿のリスクも低減します。

爪とぎや引っ掻きを手術によって解消したいが指先の切除には抵抗がある場合には深趾屈筋腱切除術という術式もあります。画像の左上拡大図の骨の下部に走る細い筋、ここが深趾屈筋腱で猫の爪の出し入れを操作する筋肉に繋がっています。

ここを切断することによって爪を出し入れ出来ないように、つまりしまいっぱなしにしてしまおうという方法ですが、この場合、爪は出せなくなるだけで内側から伸びてはくるので、こまめな爪切りは手術前以上に欠かせなくなります。

猫は爪を研ぐのも引っ掻くのも前足で行うため、いずれの手術も基本的には前足にのみ行われます。

引っ掻きや爪とぎの防止目的だけではなく、末節骨に関わる腫瘍や変形により体内に刺さる形で爪が伸びてきてしまうといったトラブルの場合にも治療目的で施術がなされる場合もあります。

抜爪手術による後遺症やリスク

こうした手術によって、猫に引っ掻かれて家族が負傷したり、家具や建具がボロボロに傷つくという事はなくなりますが、人間でいうなれば第一関節より先を切り落とす、あるいは第一関節を動かす腱を切断するようなものです。

感情的にはとんでもなく恐ろしいことのように感じますが、デメリットや後遺症はないのでしょうか。

痛みが大きい

手術中は麻酔が効いているので痛みは感じないとされています。しかし、麻酔が切れた後、傷口が完治するまでの痛みは想像に難くありません。

直後は猫砂を掻くことも出来なくなり、アメリカのペット用品メーカーの中には抜爪後の猫のための専用猫砂を売っているところもある程、といえばその痛みの程は相当なものと推察できます。

野外で活動できない

猫にとって重要な武器であり、クライミングツールでもある爪を指ごと失っているため、喧嘩は出来ませんし、咄嗟に高いところに上って退避することもできません。また、猫は爪とぎの際に指の間から出るフェロモンを対象物にこすりつけることでマーキングを主張しますが、それもできません。

飼い主さんが終生室内で庇護下に置くのであればこれらは問題ではないのかもしれません。しかし、完全に野生では生きていけない状態というのは日常のうっかりや地震等の非常時に逃げ出して迷子になってしまった時、生きて帰ってくる確率が下がったことを意味します。

後遺症が残る場合がある

アメリカの動物医療センターとカナダの大学の獣医学部が抜爪後の猫137匹とそうでない猫137匹を2年に渡って比較した研究結果(2017年発表)があります。

それによると抜爪後の猫では排泄のトラブルが7倍、噛みつきやすくなった子が4.5倍、攻撃的になった子が3倍、ストレスからか常同的に毛を舐め続けたり自分を噛んだりする自傷行為が3倍、背中に痛みを感じる子が3倍、それぞれ増加傾向にありました。

余談ですが、猫の背中の痛みなんてどのように調べるのかと思ったところ、これは脊椎を順番に触って、猫の反応から痛みの部位や程度を測るのだそうです。そういえば動物病院での診察でも、猫のお腹に手を当てて患部を触り、痛がったときのビクッとした反応を確かめていますね。

動物病院によって差がある

非治療的な側面も多い手術のため、獣医師の養成機関でもカリキュラムに入っていないこともあるそうで、動物病院によって技術にばらつきがあるのもリスクのひとつとして数えられそうです。また、人道的な見地から行わない主義を貫いている動物病院もあります。

猫の抜爪手術をめぐる是非

爪を失うことによって感情の発露が噛む方へ特化したり、トイレを忌避してそれ以外の場所で粗相するようになったり、爪による問題行動が手術で解消できたかと思いきや、思わぬ別の問題行動が顕著になって結局飼い続けられなくなったという例もあります。

都合よく、爪だけをつるっと無くして猫も人もお互いハッピー、といった解決策ではありません。

抜爪の是非をネット検索に問うと「アメリカではよくある事」という説明が散見されますが、近年ではアメリカの獣医師界全体の動きとして反対傾向にあります。

ニューヨーク州をはじめ、いくつかの州では禁止する法案が提出されていますし、カリフォルニア州の8つの都市では条例として禁止を掲げています。イギリス、ドイツ、ギリシャ、オーストラリアを始めヨーロッパ22ヶ国では既に禁止され、国によっては罰金刑すら伴う場合があります。

動物を飼うにあたって人間と暮らすのに都合の良いように手術を施す点では、避妊や去勢と同じ事という考え方もありますが、避妊や去勢は望まない繁殖を防ぐという人間側のメリットの他にも、将来的な生殖器の病気のリスクを排除するという猫側にとってのメリットがあります。

しかし、抜爪手術の目的は爪の被害が無くなる、という人間側のメリットに始終し、猫にとっては安楽死の選択が減るかもしれないということ以外はデメリットの方が大きいのです。

猫の爪には細菌や寄生虫など、人間にとっての病気の原因が常在しています。家族に抵抗力の弱い持病のある人や高齢者や幼児がいる場合、例えばそこへもって猫が恐怖症からの転嫁攻撃を常同化(=恒常的な凶暴化)させて家族を襲うようになり、このままでは飼い続けられない事態になってしまった場合。

大切な家族だからこそ、殺処分以外の方法として苦渋の決断で抜爪手術に踏み切る、それも猫への愛情として間違っているとは言えません。

しかし、じゃれつきレベルの引っ掻きがまれにある、家具を自衛するのが大変、そのくらいで気軽に行うべき手術なのでしょうか。

人間の末節骨を全部切除した場合

猫の抜爪は基本的に前足のみと前述しましたが、猫の前足は歩行にも使うため、人間では手足の末節骨をすべて切除したと仮定して、長い目で見て起こる不具合について、人間の整復師さんにお話を伺ってみました。

足の指を全部持ち上げた状態で立ってみると、バランスを取るために母指球とかかとに重心がかかるのがわかります。この状態を長年続けると、体重と重力の二重圧により土踏まずが扁平になります。

そのままでいると歩くときにかかる地面からの衝撃が緩和されずに上に伝わります。また、自身の体重は頭から下にかかり続けています。結果として体の上下の中心に、本来かかるはずのない負荷がかかり続けるため、腰痛や背中の痛みに悩まされます。

よく小指の先がないだけでも日常生活に差支えがあると言いますが、小指の筋肉が指の動きやかかる力を制御しているためです。試しに小指の先を片方の手で固定して何かを持ち上げてみて下さい。残る四指を揃えるのにも苦労するはずです。

また、小指を支える手に、小指がどれだけ力がかかっているか、伝わるはずです。小指の先ひとつとってもこうなのですから、全指の末節骨がなくなった時に感じる不自由は相当なものでしょう。

事故や壊死で指先のない患者さんは長年のうちに背骨全体が湾曲してしまっていたり、指先があったはずの部分に痛みやかゆみ、違和感を感じ続ける幻肢痛に悩まされていることも少なくないそうです。

抜爪後も今までと変わらず、どこかへ飛び乗ったり元気に歩いたりしている猫もたくさんいます。人間も猫も、体の一部が無ければ無いで他の部位を使って上手に補って暮らしていきます。

しかし体は頭のてっぺんから指先、爪先まるごとでバランスを取るようにできているため、長期的に見た時、どこか一部が欠損した状態は必ずどこかへ歪みとなって現れてきます。

抜爪後の猫の行動の変化として、かかとを付けて歩くようになった例もあります。背中の痛みの増加の例も併せて、上記の人間の場合と似通っているように感じられてなりません。

猫の爪とぎと上手に折り合う

家具や柱に爪を立てられる、引っ掻かれて痛い、これらは猫と暮らす上でどうしてもついてまわる出来事です。

しかしながら爪は猫にとって重要なアイテムであり、矜持であり、アイデンティティーの一部です。だからこそあんなにも日々大切にお手入れしていますし、爪切り後はなんだかちょっとアンニュイな表情でじっとお手々を見つめています。

抜爪よりも簡単に出来る対策はたくさんあります。

  • 爪切りをこまめに行う
  • 爪とぎされたくない家具は隔離する
  • 家具や柱以上に魅力的な爪とぎを用意する

爪とぎから家具や壁を守るために貼るシートもあれば、逆にお気に入りの爪とぎポイントに貼って存分に使ってもらえる爪とぎ板もあります。置き型や直立型、木製、段ボール製、麻布製など、デザインも素材もバリエーション豊かな爪とぎの中から猫と一緒にお気に入りを探してみるのもいいでしょう。

爪にかぶせる爪とぎ防止キャップ(ソフトクロー)なんてのもあります。こうしたアイテムを楽しく利用して、猫に負担の少ない方法で上手に折り合いをつけていきたいものですね。

あなたの一言もどうぞ

ページトップへ