ペットロスを克服する方法。無理に乗り越えず、癒されていくために

今この瞬間、ペットと幸せに過ごしている飼い主さんが心の片隅でいつも恐れていること、それはいつか訪れる別れではないでしょうか。また、今までにペットを見送ったことのある飼い主さんの心の片隅には、いつも一緒にいたあの子の思い出が常に在るでしょう。

楽しかった、幸せだった、そんな記憶だけが残ればいいのに、今はいないという事実だけがつらくのしかかってくることもあります。

命あるものには必ず終わりが来ます。それは動物も人も変わりません、しかしその認識を持っていたからといって別れることが嫌なのに変わりはありません。

ペットロスと向き合い、少しでも気持ちをやわらかくして克服するための考え方をお話しします。

つらいペットロス。家族としてのペットの存在とは

ペットロスという言葉自体は20世紀終盤から愛玩動物を喪って悲しんでいる状態を指す言葉として専門家らの間では存在していたようですが、いつごろから「ペットロス症候群」として一般的に認識されてきたかはわかりません。

文字通りペットを喪うことで起きる心身の不調を指します。この言葉が一般的に認識されるようになったのがここ最近(20年以内)の事である、という事が実はペットロスを語る上で非常に重要なファクターとなってきます。

昔のペットの位置づけは昨今のような「家族」ではなくて「家畜」に近しく、犬に毎年フィラリアの予防接種を受けさせるという認識も、猫を安全のために室内で飼うという認識もなかったわけです。

犬は基本的に屋外で飼われ、運悪く病気になったら簡単に死んでしまうもの、猫は内と外を自由に出入りしていて、ある日からふと帰ってこなくなったりするもので、平均寿命も一緒にいる時間も短いものでした。

その時代相応の認識で愛されてはいたのでしょうが、ペット=家族では無く、いなくなる時はいなくなるもの、という存在だったのです。

そして現代。ペットに不調があれば獣医さんに診せる、生活空間も共にする、ペットを家族と位置づける飼い主さんが増え、ペットは長い時間を一緒に過ごしていつまでも庇護下にある「子供」のような存在に変化しました。

そのように濃密なつながりの果てに、ペットが亡くなったとしたら…その悲しみは従来より増大していて当然です。しかしここで、ペットを飼っていた人と、飼ったことのない人の差が更にペットロスの飼い主さんを追い詰めます。

「でも、ペットでしょ?」「また次の子を飼えば大丈夫だよ」と。家族を亡くした人に対し、大抵の他人は共感して哀悼の意を示してくれます。しかしこと対象がペットとなるとその温度差ははかり知れず、思わぬ言葉に傷つけられる羽目になります。

また、葬祭行事が遺された者のためとはよく言ったもので、人間の場合は通夜・本葬・49日と、押し寄せる一連の行事が悲しみの軽減をはかる側面もあるのですが、ペットの場合はそこまでのことがありません。

喪失の悲しみを共感してもらえない、そして一人で、あるいは家族のみで見送り弔うのみで葬祭行事に煩わされることもなく、悲しみとひたすら向き合うばかり。これが人間の家族を亡くした場合とは違うペットロス特有の悲哀です。

ペットロス症候群と呼ばれる身体におこる不調

不眠・食欲不振・情緒不安定といった抑うつ状態は、愛するペットを亡くした飼い主さんの状態としては当たり前のことです。

しかし、それらが一か月以上に及んで日常生活に影響するほどに深刻であったり、消化器系や内分泌系のストレスが顕著に出る部分に異常をきたし始めたような時には迷わず病院や専門家を頼って下さい。

カウンセラーでも精神科でも内科でもいいのです。原因がペットロスなのかその副次的なものなのか、その時点では考えなくてよいです。専門家の手助けが必要と感じたらそれが「かかりどき」です。

その時点で一番大事なことは既に虹の橋の向こうにいるペットではなく、飼い主さんが救われることです。虹の橋の向こうにいるペットたちは既にみんな幸せに過ごせている筈ですからね!

ペットロスを克服したい…。少しでもつらい気持ちを軽減するために

ペットロスを解消する方法はありません。悲しくてあたりまえです。悲しいのはそれだけ愛していたからです。ペットのいない時間に慣れるよりほかに効果的な薬はないので、無理に早く立ち直ろうとせず、存分に別れを惜しんで下さい。

ただ、どうしても悲しくて仕方のない時に、少しは慰めになるかもしれない方法を列挙します。

写真を飾る・面影を偲ぶ

飼い主さんのスマホやデジカメのフォルダには、今まで撮ったあの子の写真がめいっぱいに詰まっている筈です。別れた直後は見返すのもつらいかもしれません。

でも、しばらくして、気分が向いたらもう一度開いてみてください。あの時、私たちは一緒にいて確かに幸せだった、そんな気持ちが思い出せる筈です。

ネットで心情を吐露する

かつてなら繋がれなかった同じ境遇の誰にアクセスできる、良い時代になりました。例えばブログで、SNSで、ペットロスコミュニティなどで、存分に読んで書き込んで、感情を分かち合って下さい。わかってくれる誰かがいる、それだけのことで人は救われます。

もちろん家族や友人など、亡くなったペットを知る人たちと思い出を分かち合うのも有効です。

葬祭行事を細かく行う

埋葬にするか、火葬にするか。火葬は市営にするか民間のペット霊園にするか。例えばお骨を入れるうつわは、ペンダント型から骨壺まで多種多様です。

生前の姿そのままにぬいぐるみ化してくれるサービスもあれば、メモリアル写真立て一つとっても飼い主さんの好みに応えてくれる様々なサービスがあります。葬祭行事は残された者のためにあります。どうか納得のいくお別れができますように。

形見は残したほうがいい

葬祭関係者向けの講習会で聞いた話ですが、最近、式を省いて火葬のみを行い祭壇も何も用意しなかった遺族が、後々になってから仏壇・位牌など、故人を偲べるものが何も残っていないことがつらくなってきてお葬式のやり直しを相談してくるケースがあるそうです。

私も以前飼っていたペットが亡くなった時、悲しみのあまり見ているのもつらいと、すべてを一気に処分してしまい、後から一層寂しくなりました。写真でもいいのですが、やはり何か思い出の品はあったほうがいいです。

自分を責めないこと

ペットの食べてきたもの、暮らしてきた環境、それらの大半は飼い主さんの判断によって与えられたものが殆どで、そのために病気であれ寿命であれ事故であれ、亡くなった時に飼い主さんは少なからず責任を感じてしまいます。

しかし、完全なお世話を続けていても、生き物は死ぬときは死にます。そしてどれだけ尽くして介護を完遂したとしても、飼い主さんはペットの死後に「もっと何かやれたんじゃないか」と思ってしまいます。それが愛していたという事です。どうか後悔しないでください。

ペットロスのための物語を読んでみましょう

有名な

  • 虹の橋
  • 猫は毛皮を着替えて何度でも帰ってくる

説は、ペット飼いたちがネット上で作り上げ、もはや共通の死後神話になりました。

昔から猫は年を取ると猫のお山へ修行に行く、と言ったものです。ネットのない時代でも飼い主さんたちは猫が帰ってこなくなった時にそのように思いあうことで、寂しさを紛らわせてきたのでしょう。

ペットロスの本はたくさん出ています。色々と読んで一番しっくりくる物語を見つけるのもいいでしょう。ちなみに今、我が家の猫も世界一周の旅に出ている設定になっています。オーロラを見たら「毛皮を着替えて」帰ってくる予定です。

日々、そして後々、後悔しない時間を過ごすこと

ペットに限らないことですが、出会った瞬間から、いつか来る私たちの別れの秒読みは始まっています。

幸せな毎日の中で逐次その部分を意識の中でクローズアップさせて、目の前のペットと楽しい時間を過ごせなくなっては本末転倒が過ぎますが、私たちの愛する相手はそもそも「人間より寿命が短い」事を頭の片隅で自覚しておく必要があるのかもしれません。

とはいえ、大切なのは今、ペットにしてあげたいことを先送りにせず、その時々にしてあげることです。今現在、ペットとあなたが何気なく過ごしている一瞬は、いつか未来のあなたが泣いて戻りたいと願うかけがえのない一瞬です。

どうかその毎日毎時のひとつひとつを大切にしてくださいね。

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