【体験談】私がエジプトで出会ったしゃべる猫!とても不思議な猫の話

猫好きにとっての訪れてみたい国一つは、エジプトではないでしょうか。何故なら、古代エジプトでは猫も神様の一人だったからです。

そして私が夢をかなえエジプトを訪れた時、不思議な体験をしました。人間の言語を理解し、しゃべる猫と出会ったのです。

今回は実際に私が体験した、猫の不思議な話をご紹介します。

エジプトにはしゃべる猫がいる!?

かくいう「猫無しでは生きられない」私も、幼い時からエジプトに行くことは夢でした。

正直言って、ツタンカーメンもピラミッドもどうでもいい、ああ猫の頭をした女神バステトの壁画や彫刻をいっぱい拝みたいな、とワクワク感ばかりでした。

そんな私の夢は、意外と早く叶えられることになりました。いろいろあって若いうちに、アメリカの大学を去り、カイロの大学で学ぶことになったのです。

エジプトへ旅立つしばらく前のこと。実家で取っていた朝日新聞の、ある三面記事が目に飛び込んできました。確か、このような見出しでした:「エジプトに人間の言葉を話す猫がいる」。

エジプトの、小さな農村に住む一家に飼われている普通の猫。

しかし、べらべらと人間の言葉(アラビア語)を話す、ということで現地のマスメディアでは、連日取り上げられているのだ、と。

ふうん、そんな猫がいるのかな。信じられないけどカイロ駐在の朝日新聞社の記者がそう言っているのなら、本当なのかなあ。

首を傾げつつも、エジプトというミステリアスな国になら、不思議な猫の一匹二匹いてもおかしくないな、と思いました。1994年くらいの時でした。

エジプト初上陸…この国ならしゃべる猫がいるかも、と感じた話

エジプトのしゃべる猫12051

カイロ国際空港に到着したときのことは、今だに忘れられません。入国審査では、普通は滞在期間、入国目的など質問されますよね。

しかし、私が聞かれた、たった一つの質問は「おしんはまだ生きているのか。どうしているのか」でした。

「いや、もう亡くなっていると思う」と答えました。髭面のエジプト人の入国審査官は、心底悲しそうな顔をし、ため息だけついて、無言で私のパスポートに入国スタンプを押してくれました。

NHK朝の連続ドラマ「おしん」はエジプトで大ブーム起こし、のちにおしん役の女優が山城慎吾と一緒にエジプトにやってきた時は、日本のかつての「ヨン様」ブーム以上の熱狂でした。

入国審査官も、強いおしんファンだったのでしょう。すでに他界している、という私の適当な答えに、すごく傷ついてしまったようでした。申し訳なかったです。

ところで、空港は砂漠にあります。ダウンタウンまではタクシーで向かうことにしたのですが、走行中、なんと後ろの扉ごと、パカッと取れ落ちてしまいました。

「これ以上、運転は無理だ。すまないが、ドンキーに乗り換えてくれないか」と運転手。ドンキー? 車にはジャガーやスバルといった、動物の名前のメーカーがいろいろあります。

「ドンキーというエジプト車なのかな」と私は思い、ノープロブレム、と答えました。

すると、どこからか運転手が調達してきたのは、なんと本物ドンキー(ロバ)でした。私はロバの背中に乗せられそうになりました。(結局、断って別のタクシーで移動しました。)

な、なんなんだ、この国は、と初っ端からびっくりです。

ちなみに時は1990年代。

ネットもなく、事前にエジプト情報はあまり入手できておらず、神秘的な国、というイメージしかなかった故に、本当に出だしから驚きの連続でした。

そして、この時ふと思い出しました。

そうです、あの喋る猫の記事です。この調子なら、あながち喋る猫は存在するかもしれない、と。

エジプトでの動物はみじめ?当時の動物事情

エジプトのしゃべる猫12052
カイロに住んでそうこうして3,4年経ち、ずいぶんと現地の事に慣れてきました。

カルチャーショックも多々ありました。そのうちの一つが、エジプトでは猫はあまり大事にされていないこと。

古代エジプトでは、猫は神様でした。現代イスラム教の開祖モハンマドも、大変な愛猫家だった、として知られています。

それなのに、街中ではガリガリに痩せて汚れきった野良猫ばかりです。人々石を投げつけられたり、見ているとずいぶんイジメられています。

ちなみに野犬も多かったです。やはり野犬もみんなガリガリ。夜中になると、警察が銃を発砲し、野犬狩りをしていました。

カイロの道路を、ベンツ車と並んで歩くロバも、骨と皮ばかりで哀愁を帯びたまなざしです。持ち主達にガンガン殴られていました。

むろん、愛動物家達もいましたが、全体的にエジプトでは動物の地位はないに等しい、という印象です。

食べていくのに必死な人間の数を膨大に抱えています。動物の権利まで考える余裕がないのでしょう。

アパートのエジプトの猫

さて、この頃私はもう大学を終え、カルチャーセンターでアラビア語コースを学びながら、様々な仕事をしていました。

飼っていたペットはカメレオンです。のちにエジプトを引き上げるときに、エジプト人に嫁がれた日本人の女性に、貰ってもらいました。猫は飼っていません。

しかし私の住むアパート屋上に居着いていた猫に、毎日ご飯をあげていました。たいてい、エジプトのキャットフードばかりでしたが、時々羊肉のピザを出すと、目を輝かせ、喜んでいました。

さすがエジプトの猫です、羊肉が大好きでした。キャットフードも一度だけ、友人がフランスで購入した、フランス製をあげたことがあります。

やっぱり味が違うのでしょう。一気に食べていました。その翌日、いつものエジプトのキャットフードを出すと、激怒。

皿をひっくり返し、暴走を始めました。

喋る猫に出会うきっかけ

エジプトのしゃべる猫12053

さまざまな職種、会社で働きましたが、私が一番長く勤めたのは、撮影コーディネート会社。

このころははまだエジプトではテロが多いということが、日本ではさほど知られていませんでした。

そして、まだ若干バブル時代余韻があったため、頻繁に日本からテレビ映画、CMの撮影クルーが飛んで来ていました。

現地コーディネーターがやることは、いろいろあります。そのうちの一つは、各地の撮影許可を取ること。エジプトの場合、これがなかなか厄介です。

上空からの空撮を依頼しても、「軍事基地が映りこむ」と却下されたり、橋の下から撮影はオッケーでも、橋の上からは絶対撮ってはいけないだの、なかなか細かいものでした。

警察の護衛も必ずつきました。外国人撮影隊がスパイ行動をしていないか、禁止エリアを撮影していないか、と見張ってもいたと思います。

しかしエジプトは割とコネ、人脈、賄賂がまかり通ったので、コツを掴めば、許可取りもそんなに難しいものではありませんでした。

とはいえ、次から次に舞い込む撮影の大半はギザのピラミッド、ルクソールの遺跡、そしてカイロの市場。毎回毎回同じような場所に行き、同じようなシーンの撮影ばかり。はっきり言って飽きます。

そんなマンネリの仕事が続いていた時のことでした。いよいよ、あの喋る猫に出会えることになったのです。

「とある村に、言葉話す猫がいるんだ。取材に行かない?」とエジプト人の同僚に誘われました。あまりの不意打ちで、心臓がドキッとしました。

エジプトに来てからずっとずっと、その猫を密かに探し続けていました。しかし何のルートも情報も見つからず、ほとんどもう諦めていたのです。

「い、い、い、行く」と急ぎ過ぎて吃ってしまったほど、私は大興奮。前は急げ、であれよこれよで決定しました。

小さな農村の一家

エジプトのしゃべる猫12054
村の名前のメモを取っておかなかったのが、悔やまれますが、カイロから多分20,30キロメートルの距離の村だったと思います。

日本人(私)がいるので、村が騒ぎにならないように、夜遅くにバンを走らせました。

そこは電気もほとんど通っていない、舗装された道もない、泥レンガの家しかない、農作業の牛と馬ばかりしかいないような田舎の農村でした。

確か到着したのは、23時頃。エジプト人は夜型で、みんな深夜過ぎまで起きているもの。暑い夏は特にそうで、深夜頃に子供達がサッカーをして遊び、芝生の上にオバチャン達が座りこんでおしゃべり。

喋る猫を飼っている、という家はごくありきたりのエジプトの農家でした。やたら偉そうな父親に、大人しそうに見える母親、大勢の子供達。

エジプト流の訪問です。まずは家長のお父さんと、のらりくらりと世間話をしながら、やたらと甘い紅茶やコーラをゆっくりいただきます。

居間のテレビが日本製だと自慢され、ナセル元大統領の時代はよかっただの、とりとめのない話ばかりです。

焦れながらも、いらいらの気持ちを隠します。そして一時間くらいしてから、やっと本題に。猫の話になると、途端に家長が不機嫌になりました。

その理由がなんと、「日本人が今までも何回も取材に来た。全員失礼だった。到着するやいなや、あれこれ指示を出してきて、慌ただしく猫を撮影。そして何もギャラを払わず帰って行った」。

家長は心底ご立腹です。あらら、日本人の私がついてこない方が良かったのではないか、とドキドキしました。

そもそも、長い雑談の前に、できればアポを取った段階で、日本人の取材は嫌だ、と言ってくれるべきだったのですが。

とにかく、一緒にいたエジプト人のカメラマンの同僚が、非常に人を懐柔する才能に長けており、うまいこととりなおしてくれました。

ようやく、家長は渋々と我々の取材にオッケーを。ああ、いよいよ喋る猫にご対面です。

いよいよ喋る猫にご対面

連れて来られたのは、すぐ隣の部屋でした。簡素な部屋です。そっけないカウチソファ以外、何もありません。

ここでしばらく待たされました。なかなか勿体振っています。まるでバッキンガム宮殿での、女王陛下謁見のようです。

どのくらいしてからか、12歳くらいの娘が、一匹の猫を抱いて連れてきました。普通の雑種です。性別も年齢も名前も、全てもう覚えていません。

しかし、今でもはっきりと覚えているのは、この時の会話です。その猫は、私を見るやいなや、嫌そうな顔になりました。本当にうんざりした表情になったのです。

そして、エジプト人同僚の質問には答え、私には何も答えません。あからさまに無視をされたのです。

「なぜ私を嫌いなの」と聞きました。すると「日本人の撮影隊にはいい思い出がないからだ」と猫が答えました。

いかに日本人の撮影隊がいつも傍若無人で、非常識なのか、我が物顔でズカズカやってきて、勝手に撮影しまくったあと、何も支払いもなければ、後日お礼の手紙も来ない、と。

私は本気で猫に頭を下げ、詫びました。

すると、猫はようやく少し機嫌が直り、私のアラビア語を褒めてくれました。「ありがとう。あなた(猫)は英語か日本語は分かるんですか」。

「ラ、アラビーヤバス」いいや、アラビア語だけだ、と答えました。これらのやり取りをしながら、同僚も私も、本当に猫が自分で喋っているのか、疑ってはいました。

確かにどこからどう見ても、猫が話しています。魔法使いのおばあさんのように、しゃがれた声でべらべら喋っています。口は大きくは動かしていません。

でも、ひょっとしたら猫を抱っこしている少女が喋っているのではないでしょうか。

むろん、少女の口は全く動いていないですし、猫は自分が喋っている間、あくびをするだとかそわそわするだとか一切ありません。

ううん、と私達は唸りました。そして、「猫だけを部屋に残して、お嬢さん、あなたは退出してくれませんか」とお願いしました。

少女がいなくなっても。猫は喋るかどうか、これで真偽の程がはっきりします。

本当に猫は喋っているのか

「それは無理。この猫は内気で、あたしがいないと嫌がる」。

少女は困惑顔ではっきりと断ってきました。

うむ、無理矢理少女だけを部屋から追い出すわけにはいきません。仕方ない、このまま少女の腹話術ともおぼつかない、猫との会話を続けました。

猫は生き生きと喋り続けてくれました。好きな食べ物、好きな遊び、好きなクッションの事など。

疑いを大きく持って、注視を続けていましたが、やはりどう見ても、猫自身の口から言葉が発しられています。少女と猫の声が重なる事もあります。

「なぜ、人間の言葉を喋れるのですか」と猫に尋ねてみました。「人間の大家族と一緒に暮らす中で、自然に覚えた。そもそも、猫はみんな人間の会話を全て理解している。

ミャーミャー猫語で、正確に返事もしている。

ただ猫の口の形や喉の構造上の問題で、分かっているのに人間語を話せないだけなんだ。自分はたまたま、どうすれば人間語を発しられるか、自然にコツをつかめたんだ」。

フムフム。納得できたような、出来ないような。なんともしっくりこない不思議な気持ちのまま、最後に失礼ではない程度の、金額のギャラを家長のお父さんに渡し、私達は家を出ました。

カイロに戻るバンの中で、エジプト人の同僚と私は無言。「ねえ、どう思う」しばらくしてから、どちらかがようやく口を開きました。

「確かに間違いなく、あの猫は喋っていた。声が猫の口から出ていたし、少女の答えと猫の答えが重なる事もあった」と同僚は慎重に言葉を選んで言いました。

私もコックリ。「でも、猫が話すなんて本当にあるのでしょうか。何か、巧な仕掛けがあったのではないでしょうか」。この疑惑に、同僚は黙りました。

とにかく、どう考えても、確実に猫は喋っていた、しかし理性的に思うとそれはありえない、何か騙されたのではないだろうか、しかしそれが分からない。

「撮影したビデオを見てみましょう」。同僚はビデオカメラを触り始めました。二人でカメラ画面を覗き、一部始終を再度確認。ぬぬぬ、やはり猫が喋っています。少女が服話芸をしている様子はゼロ。

面白い映像を撮れたのだから、本来は私達は喜ぶべきです。しかし、なんとも言えない違和感を抱え、結局またお互いに黙り込みました。

さようならエジプト

エジプトのしゃべる猫12055
結局、私達が撮った喋る猫の映像を、日本でもエジプトのテレビでも紹介されることはありませんでした。

というのも、その年は1996年だか1997年。

カイロのエジプト考古学博物館前で、ドイツ人観光グループと、エジプト人のバスドライバーなどが、テロリストに殺害されるという大事件が勃発したのです。

たまたま、私はそのとき、そこを歩いて通っていました。博物館前にある、タハリール(解放)広場の、フランスが作ったメトロに乗ろうとしていたのです。

謎の車が暴走してきて、博物館観光を終えて、観光バスに乗り込もうとしてきたドイツ人グループに、火薬瓶を投げつけてきたのです。(しかし当時の発表では、病院を脱走した精神患者の単独犯罪)

周囲にいた人々がおたけび声を上げ、群衆による暴動が起こりそうになりました。私はなんとか親切なエジプト人に誘導され、地下道に逃げ込めました。

当然ながら、これは世界を震撼させる大きな報道になりました。

誠か嘘か分からない、カイロ郊外田舎一家の喋る猫なんぞ、テレビで取り上げている場合ではありません。

この事件の二、三ヶ月後、私はエジプトを引き上げる事になりました。もともと、学業仕事も終えて、この時期に日本に戻る予定だったのです。

帰国準備でバタバタし、帰国後もいろいろドタバタ。あの、名前も覚えていない村の猫の事などすっかり忘却の彼方へ。

誰にも信じてもらえない

再び、喋る猫の事を思い出したのは、いろいろな人にエジプト生活話をお願いされるようになって、からです。

帰国後、長らくご無沙汰をしていた旧友達に、片っ端に会って行きました。全員に期待をされたのは、エジプトならではの面白い話、苦労話そして不思議な話でした。

どのネタも山ほどあります。不思議な話も、幽霊話だとか、遺跡にまつわる怪談めいた経験話など、いくつもあります。

「もっとないの。もっともっと聞きたい」と催促されるようになったときに、そういえば喋る猫がいたなあ、と突然頭に蘇りました。

とはいえ、喋る猫の話をして、誰一人信じてはくれませんでした。ごもっともです。「絶対ありえない、あなたたちの勘違い。何かうまいトリックがあって、騙されたのよ」と友人A子さんなんぞは、はっきりと否定しました。

そうよねえ、証拠もないし、今思えばやはり、あの少女の巧妙な話術だったんだろうなあ、でもなあ、と悶々しつつ、私は強くは言い返せませんでした。そしてそれから二、三年が経ちました。

喋る猫は本当だったのね!

エジプトのしゃべる猫12056

日本の旅行会社で働いていた友人A子さん。

あのあと、今度は彼女が単身エジプト留学に旅立ちます。そこでエジプト人の男性出会い、すぐに結婚し、永住の道に。人の運命とは不思議なものです。

A子さんは、妊娠をした時に日本にお産帰国しました。その選択は常識です。とある日本人妻の女性は、カイロの産婦人科で出産。

帝王切開だったのですが、お腹を「切った」後に、麻酔が効いてきたといいます。やはり日本で産んだ方がいろいろな意味で安心です。

一時帰国中のA子さんに、私は会いに行きました。A子さんは、数年ぶりに私の顔を見るやいなや、真っ先に興奮してこう言ってきました。「ねえねえ、ずっと伝えたかったんだけど、喋る猫、本当だった!」

A子さんが言うには、エジプトのテレビ番組で、喋る猫が取り上げられているのを、見たのだといいます。「本当に喋っていた、間違いない。疑って、馬鹿にして本当にごめんなさい」。

やっぱりそうか、私が騙されていたわけじゃないのだ、本当にあの猫は喋ったんだ- 心の曇りがなんとなくスッキリする思いでした。

さらに数年経ちます。私は仕事で懐かしいエジプトに飛ぶことになりました。カイロの街は変わったようで変わっていませんでした。

相変わらず排気ガスの空気で、砂埃とゴミばかり。けたたましい雰囲気とごちゃごちゃガチャガチャしている街並は以前と同じです。

ヒルトンホテルのロビーにいた時のこと。そこで思わぬ再会を果たします。

昔に比べてずっと太って、あごひげを生やしているけれども、あの顔は間違いありません。喋る猫の時のエジプト人同僚です。

彼は日本語観光ガイド仕事で、たまたまヒルトンホテルに来ていました。向こうも、私を見るやいなや、嗚呼、という表情をしました。そして思わずお互い、駆け寄りました。

握手するなり、二人同時に発したのは、「ねえ、あの猫、本当に喋っていたよね」。

猫は宇宙人?

エジプト人元同僚氏の彼も、あれからいろいろな人に、喋る猫の話をしたそうです。しかし誰一人信じてはくれず。

おまけにあの時のビデオを、エジプトのテレビ局に貸したら、そのまま紛失されてしまい、もう手元にない、といいます。

「証拠のビデオはないし、誰一人信じてくれなくて、自分の勘違いだったのではないか、と自信を無くしていたんだ。だから君に絶対再会して確認をしたかったんだ。ねえ、あの時、本当に喋っていたよね」。

私はもちろん、と答えました。「あれから再度、またエジプトのテレビでも取り上げられていたそうよ。私の日本人の友だちも見た、と言っていたもの」。

「なんだあ、それは僕も見たかったなあ。僕を馬鹿にした連中らにも、その番組を見せたかったよ。ああ悔しい」

しかし改めて思うと、なんであの猫は喋れたんでしょう。私はそれを元同僚氏に言いました。元同僚氏は何か答えようとしました。

そのとき、アメリカ人とおぼしき外国人観光客が、立ち話をする私達の横を通りました。この人が身につけていたTシャツの文字が目に入り、私達は顔を青ざめました。

“The Cat from Outer Space” 宇宙からきた猫

同題名のディズニー映画があるので、きっとその映画イラストシャツだったのだろう、と思います。それにしてもなんというタイミング。

だって猫だから

エジプトの喋る猫の話はこれで終わります。全て事実です。

煙に巻かれたような話、というのは重々承知で、長いことこの話は誰にもしていません。ネットで話すのも初めてです。

しかし猫好きの皆さんなら、こういう話もあるだろう、と信じてくださるのではないでしょうか。

私自身が経験した、猫の不思議な話はまだまだあります。

  • 猫Aを亡くした後、Aの定位置になっていた椅子が、その他2,3日不定期でがたがた回っていた
  • かつて飼っていた猫Bが、よく猫の集会に出かけていた
  • 何度かこっそり尾行すると、地域猫家猫が何十匹も集まっていた

ラインもやっていないのに、猫達はどうやって集会の場所日時が分かるのか。

答えは「だって猫だから」しかないかもしれません。猫だから不思議なことがいっぱい起きるのは当たり前、猫だから仕方がない。

あなたも猫と過ごしていると不思議な体験をすることがあるかもしれません。

あなたの一言もどうぞ

ページトップへ