【画像あり】幸せを呼ぶかぎしっぽの猫。長崎県に多い理由がおもしろい

オーソドックスなながーいしっぽから、お団子のように短いしっぽ、毛量が多くて箒のようになっているしっぽ。

その中でも、今回は幸運を呼ぶ!?と言われている「かぎしっぽ」についてのお話です。

長崎県の猫ちゃんの大部分はこのかぎしっぽ(現地では『尾曲がり猫』とも)だとか。もちろん、その理由も解説します。

私の家のかぎしっぽちゃん、プリンの写真も多く登場します!

雑種猫しかいない!?かぎしっぽについて

まずはかぎしっぽってどういう状態?とお思いの方に写真でご説明します。

こちらがみなさんがよく見る、またはイメージするであろうながーい猫のしっぽ。
猫の通常のしっぽ写真

そしてこちらがかぎしっぽ。どういう違いかは一目瞭然ですね!

かぎしっぽの猫のしっぽ写真

そう、かぎしっぽというのはこのように尻尾が途中でくねっと折れている状態のものを指します。

その形が、錠前に使う『鍵』の形に似ていることから、『かぎしっぽ』と呼ばれるようになったのです。

このかぎしっぽ、野良ちゃんでは見たことがある方も多いと思いますが、ペットショップなどで売られているいわゆる血統種の猫ちゃんでは見たことがないよ!と言う方も多いハズ。

それも当然なことで、かぎしっぽは遺伝的な性質が大きいのです。

つまり、血統種の猫ちゃん達は、代々その姿を保ってきたからこその血統種なので、かぎしっぽが遺伝的に現れないんですね。

ただし、短尾で固定されたジャパニーズ・ボブテイルやエキゾチック、ペルシャ猫などの種類は例外です。彼らはあえてそういう交配をしてきた種だからです。

先天的なかぎしっぽの猫ちゃんは、ジャパニーズ・ボブテイルの祖先である日本猫に多く見られるかぎしっぽを始めとした短尾の親猫と、長いしっぽを持つ親猫との間に生まれることが多いようです。

うちの「プリン」も、母親猫の「シナモン」は短尾で、父親猫かな?という「シナモン」を保護する前に彼女と仲が良かったオスの野良猫は長尾だったので、かぎしっぽになったのかな、と勝手に思っています。

こちらが母親の「シナモン」の短い尻尾。
猫シナモンのしっぽ写真

なぜか他の兄弟はみんな長い尾なんですが…。

プリンだけかぎしっぽ、そしてメスなので三毛猫と、まさに日本の猫!のような外見になりました。

猫プリンの写真

逆に、後天的にかぎしっぽになった猫ちゃんは、生まれた時は真っ直ぐなしっぽなのですが、赤ちゃん猫だった頃に外部からの衝撃でしっぽの骨が曲がってしまい、かぎしっぽになったパターンが多いようです。

ただ、町中で見かける殆どの猫ちゃんは先天的にしっぽの骨がカギ状に曲がっている子だと考えて良いですね。

このように見ていくと、やはり雑種の猫ちゃんだからこそのかぎしっぽ、と言うことがよくわかります。

かぎしっぽちゃんは長崎に多い!その理由が奥深い

さて、このかぎしっぽの猫ちゃん。実は、長崎に凄く多いんです。

長崎では、かぎしっぽの子を含め、短尾や、お団子しっぽの猫ちゃんを総称して、『尾曲がり猫』と呼んでいます。

その尾曲がり猫が、何と長崎の猫の約7割~8割を占めているんだとか。また、長崎以外の九州でも、6割~7割が尾曲がり猫だと言います。

ということで、長崎を始めとした九州で猫と言えば、ぴんと長い尻尾ではなく短いのが当たり前なんですね。

しかし、一体なぜ長崎にこんなに尾曲がり猫が多いのでしょうか…?

長崎といえば、江戸時代に唯一、外国であるオランダとの交易があった出島の所在地だと思い浮かべる人も多いと思います。

まさに、それが理由なんです。

長崎の尾曲がり猫ちゃん達を学術的に探求している『長崎尾曲がりネコ学会』という市民団体によれば、

引用…
尾曲がりネコは、主にインドネシア・マレーシア周辺を原産地とする、尻尾が曲がっていたり途中で切れたかのように、あるいは極端に短かったりと、変形尻尾の遺伝子を持つネコたちのことを言っています。

そこで私たちは、なぜ長崎に「尾曲がりネコ」が多いのかの推察として、「オランダ貿易」が影響していると考えています。

その根拠は、
① 日本の歴史上「尾曲がり猫」がはじめて登場するのは、江戸時代後期の浮世絵(喜多川歌麿<1753-1806年>,安藤広重<1797-1858年>)といわれている。(オランダ貿易が始まって100年以上経過している)

② 当時長崎は日本唯一の海外との窓口である。

③ オランダ東インド会社の現地本部は、バタビヤ(現在のジャカルタ)におかれていた。
長崎(出島)は支店のひとつになるが、17世紀にはもっとも利益の多い支店だったといわれている。

『尾曲がりネコ学会』公式ブログ

という事で、船に乗ってはるばる日本でやってきたインドネシアやマレーシアの尾曲がり猫ちゃんが日本で繁殖し、特に外国との唯一の窓口だった長崎で見られるようになった、ということです。

船に猫を乗せるのは、ネズミ避けとして、また守り神や愛玩用として、古くから第二次世界大戦頃まで世界中で行われてきた風習です。彼らを総称して『船乗り猫』とも言いますね。

最近は殆ど見られなくなっていますが、江戸時代の船乗りにとってはとても重宝されていたようです。

そしてもう一つの理由が、江戸時代の当時、信じられていた猫の妖怪、『猫又』の存在があります。

猫又のイラスト

猫又と言えば、イラストの通りながーい2本の尻尾を持つ妖怪。長生きした猫の尾が2本に分かれて、人を食べてしまう、なんて話もあります。

自分の飼っている猫が猫又にならないように、長いしっぽを切ってしまう飼い主もいたとか。こ、こわい……!

ですので、短いしっぽの猫が全国的に好まれていた背景があったということですね。

江戸時代が終わり、今度は色んな猫ちゃんが外国から持ち込まれるようになってからは、新たに交配が進み、全国的には短いしっぽの猫と長いしっぽの猫が混在していくようになります。

しかし、長崎は交易の影響で全国よりも多くの尾曲がり猫がいたため、そのまま淘汰されずに現在まで尾曲がり猫の血統が脈々と続いていったのです。

幸せを呼ぶかぎしっぽ

かぎしっぽについてと、その歴史を見てきたところで、最後はかぎしっぽの猫について実しやかに囁かれている噂についてです。

それはズバリ、かぎしっぽは実は『幸運を呼ぶしっぽ』だと言うこと。

外国では、かぎしっぽの猫ちゃんは曲がったしっぽで幸運を引っ掛けてくる、と言われています。

日本や中国では、商人の使う蔵の鍵が連想されることから、『商売繁盛』の縁起物としてかぎしっぽの猫ちゃんが重宝されたそうです。

うちの「プリン」もかぎしっぽなので、何か運が欲しい時には「プリン様~!」と拝んでいます。ご利益は……半々です(笑)

そんな、うちで唯一のかぎしっぽの「プリン」ですが、かぎしっぽの中でも割と短いしっぽながら、他の猫と同じようにしっぽでの感情表現はかなりしっかりしています。

機嫌が良い時は短いなりにしっぽをぴん!と立たせ、逆に同居猫と喧嘩する時はぴこぴこと不機嫌に動かす……。

猫プリンの写真2

そういう姿もまた、たまらなく可愛いのです。

こう考えると、かぎしっぽの「プリン」に出会えたこと自体が幸運と言えるのかもしれませんね。

先に述べた通り、長崎をはじめとした九州では未だに多く見られるものの、他の地域では他種の猫との交配で、段々と以前よりは少なくなってきているかぎしっぽの猫。

ですので、見掛けた際には「何か良いことあるかも……!」と写真でも撮っておくと、後々幸せが巡ってくるかもしれませんよ。

もし、本当に幸せな出来事が舞い降りてきたら、ぜひぜひ報告を待っています!私も、「プリン」のおかげで何か良いことがあれば、その記事を書こうと思います(笑)

それでは、最後に幸せのお裾分けを……。

猫プリンのかぎしっぽ写真

以上、かぎしっぽの猫ちゃんについてのお話でした。

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