猫の腎移植があまり行われないのはなぜ?立ちはだかる3つの問題とは

昨今、猫の腎不全が昔に比べて増えているとよく言われます。これは猫の生活水準が低下してきているのかというと全くの逆で、フードの質や飼い主の猫に対する健康意識の向上によって寿命が延びてきているためと考えられています。

猫は人間や犬に比べて腎不全を起こしやすく、生活的、また遺伝的な要因の他にも加齢によって腎臓が機能しなくなることがあります。7歳以上のシニア猫の実に4割近くが患うと言われ、一度壊れてしまった腎臓の組織を回復させることは今のところ不可能です。

腎不全の愛猫をケアしている飼い主さんなら一度ならず思うのでは無いでしょうか。この子の腎臓がすっかり新しくなったらいいのに、と。

腎不全の猫に対する現在唯一の根治療法、それが腎移植です。しかし実際に方法として取り上げられることは殆どありません。今回は猫の腎移植について詳しくご説明していきます。

猫の腎移植があまり一般的でないのはどうして?

猫の腎移植は人間のそれと同じく「腎臓が機能しなくなり、もう元に戻らないので健康な別の猫から2つある腎臓の1つを分けてもらう」言ってしまえばそれだけの事です。

人間で腎移植を希望している患者さんは現在約12,000名、そのうち実際に移植を受けられているのは年間100名ほど、人間でも容易に受けられる手術ではありません。しかしそれはドナーの不足に主な原因があり、手術自体や術後のリスクは医療の発展に伴って年々低下しています。

ならばドナー猫さえみつかれば、猫にも腎移植が可能なのではないかしら、と望みをかけたくもなります。

しかし実際に動物病院で行われる治療は主に輸液や投薬によっての対症療法であり、対処療法にしても人間のような透析はあまり勧められず、ましてや腎移植が提案されることはほぼありません。なぜでしょうか。

血液透析の場合は猫の血管に器具を入れて病院で長時間じっとしていてもらわなければならず、それを週に何度も行う必要があります。自宅でも可能な腹膜透析という方法もありますが、どちらにせよ飼い主さんに時間的、経済的な余裕が無ければ現実問題として難しいところがあります。設備の整った病院は少なく、また残された猫生のQOLと効果のバランスを考えて推奨しない獣医師さんもいらっしゃいます。勿論、例えば事故などによる一時的な急性腎不全では積極的に透析の処置が施されることもあります。

腎移植が一般的でない理由は大きく3つ挙げられます。

  • 手術自体の難易度が高い
  • 費用がとても高額
  • 倫理的な問題

次項で詳しくご説明していきます。

猫の腎移植手術の方法と問題

腎移植を受ける際にはまず健康な腎臓を持っているドナーが必要です。ドナー猫は基礎疾患や感染症の無いことが求められ、基本的には実験や実習のために管理飼育されている猫から選ばれます。条件さえ合えばレシピエント猫と同居の猫から移植が行われる場合もあります。

レシピエント猫の方にも求められる基準があります。施術機関によって多少異なりますが、クレアチニン値が5mg/dlを超えるステージ4の末期腎不全で内科治療では効果がみられないこと、また10歳以下であることを定めている場合が多いようです。

しかしながらステージ4であれば受けられるかというわけではなく、症状が進んでいることで体力や抵抗力が損なわれすぎている場合には、そもそも手術に耐えられないと判断される事もあります。

血液検査や感染症の既往歴、免疫抑制剤へのアレルギー検査など10を超える項目で検査が行われ、それらをすべてクリアしてから手術が行われます。

手順としてはまずドナーから取り出した腎臓の血管から保存液を流し込み、一時的に冷却保存します。摘出しやすく血管が長く取れる左腎が使われることが多いそうですが、基本的にはどちらの腎臓でも良いようです。

レシピエント猫の後腹膜に新しい腎臓を固定し、血管同士を繋ぎ、尿管を膀胱に縫合させます。万が一生着しなかった場合を懸念して、レシピエント猫の自前の腎臓は(腎臓が腫瘍で肥大して新しい腎臓を入れる余地が無いなどの場合を除き)そのまま残されます。

ドナー猫は何事も無ければ3日程で退院できますが、レシピエント猫は安定が確認されるまで入院し続けることになります。また、他者の腎臓を体内に入れる事で起こる拒絶反応を防ぐため、その後生涯にわたってシクロスポリンやステロイドなどの免疫抑制剤を服用し続けなければなりません。

両猫共に最初のうちは毎日、それから毎週、毎月、半年ごと、と間隔は開いていきますが、定期的な検査を受け続ける必要があります。

技術的な難易度と設備の問題

この手術で繋ぎ合わされる血管は腎静脈で3mm、腎動脈ではわずか1mmほどしか無く、これらを4時間以上かけて切り開き、縫い合わせていくことになります。

これは執刀する獣医さんにも高度な技術や経験値が求められますし、手術用顕微鏡や血管縫合用の器具など専門的な医療機器も必要です。

そのため、すべての動物病院がおいそれと行えるものでは無いようです。

気になる費用の問題

人間の腎移植は公的な助成制度のおかげもあって自己負担は軽く済みます。しかし動物医療は自由診療。果たしてどのくらい必要になってくるのでしょうか。

今のところ国内で猫の腎移植を行う機関はごくわずかであり、治療費をサイトなどで明示しているところはありません。腎移植に意欲的な日本の獣医師のインタビュー記事によると手術代で70万円、ドナー猫を用意するために20万円、薬代と入院代で100万円、合計190万円はかかるとしています。

この価格はアメリカを基本に設定しているとの事で、アメリカの獣医師の記事によると手術自体に165万円、その後の免疫抑制剤が一ヶ月あたり5,000円生涯かかり続けるとしています。

2015年にカリフォルニア大学で行われた2歳の猫への移植では180万円、2017年のメリーランド州ボルチモアの17歳の猫の例では210万円、日本よりは猫への腎移植が盛んなアメリカにおいてもその費用は安くはなく、ニュースとなって人々を驚かせました。

腎移植だけでなくどのような治療にも言える事ですが、私たち日本人が健康保険制度に守られているだけの事で、基本的に医療は高額であって仕方のない分野です。

腎移植は獣医師1人で行えるものではなく、専門スタッフがチームを組んで取り組むような一つのプロジェクトです。どうしても高額にならざるを得ません。

猫の腎不全の治療には移植でなくても治療費がかかり続けます。お金が続かず泣く泣く輸液を打ち切らざるを得ないという悲しいお話はよく聞くところであり、200万近い手術費用は我々一般的な飼い主にとって現実的な額とは言えないのが実情ではないでしょうか。

リスクと倫理的な問題

手術自体が難しく、また高額であるためになかなか民間の医療まで下りてこない猫の腎移植ですが、その理由の一つに移植に関わる倫理的な問題があります。

手術をしても確実に延命できるとは限りません。免疫抑制剤を飲むことで感染症のリスクが高まり、健常な猫なら持ちこたえられるようなカゼでも命に関わるようになります。また、尿路や腎などの移植部位に関わる疾病が起こることもありますし、薬の副作用による腫瘍の危険性も問題視されています。

2012年のデータによると入院中に亡くなる猫が22.5%、無事に退院できても6ヶ月生存率が84%、3年生存率が45%。年間150例を実施しているペンシルバニア大学の獣医師による2016年のデータでは3年生存率が93%にまで向上していますが、別の資料によると平均して70%とも書かれています。

決して万全に完治して予後が飛躍的に伸びるわけでもない手術のために、健康な猫から腎臓を取り出すのは如何なものか、というのが腎移植への批判的な意見としてあります。

また、人間でも腎臓の提供は志願した家族、もしくは提供意思のあった献体からのみです。決して「腎臓を使って下さい」などとは思ってもいない無関係の猫から一方的に取り上げるのは確かに倫理的とは言えません。

ただ、腎移植に関わるすべての医療機関は飼い主に対し、ドナー猫をレシピエント猫に等しく愛情を注いで終生飼育することを義務付けています。

ドナー猫は原則としてシェルターや実験施設など不遇な環境下にある猫から選ばれますが、施設で制限のある暮らしを続けるより、片腎になっても一般の家庭で可愛がられたほうが猫も幸せなのではないかという意見にも頷けるものがあります。

アメリカの獣医療協会が1998年~2013年の間、141のドナー猫に対して行った追跡調査では6%が尿路疾患を発症し、9%が死亡していましたが、84%は生存していました。いずれも自然な割合の範疇内とも言えるため、片腎摘出の後遺症とは断言できないようです。

猫の腎移植の歴史と現状

世界で初めて治療のための猫の腎移植が行われたのは1984年カリフォルニア大学デービス校です。日本では1996年の麻布大学の臨床例が端緒となりました。

アメリカでは34年前、日本でも22年前には成功しているのですから、今やもっと進展して民間の動物医療に下りて来ていても良さそうに思えますが、その後、さきがけのデービス校は2007年にプロジェクトを中断してしまいました。

麻布大学も現在では消極的で、今、国内で猫の腎移植を行うと開示しているのは岩手大学動物病院のみです。

世界中に10件ある猫の腎移植を扱う研究機関や医療施設のうち、9がアメリカにあり、残る1がオーストラリアにあります。34年前に成功例のあるアメリカがやはり本場といったところでしょうか。

先述したペンシルバニア大学のように精力的に行っているところもありますが、中には新規の受け入れを停止していたり、今後の中断を予定している施設もあります。

ニュージーランドの獣医協会は術後の合併症や薬の副作用によるリスクやドナー猫への倫理的配慮、また高度な医療サポートが必須な割には効果的な手術ではないとして否定する立場を取っています。

イギリスでは2003年に承認されたものの、上記のような理由から2013年には中断されることになりました。

国内外共に「技術的には可能だけれど一般的ではない」のが現状のようです。

腎不全の根治療法の可能性

ペンシルバニア大学では移植後13年を生きた例もありますし、2017年のバルチモアの例ではレシピエントのスタンレーは17歳という高齢でありながらも手術を乗り越え、1年経った今もドナー共々元気で暮らしているといいます。

リスクやデメリットに重点を置いて書いてきましたが、猫の腎移植は成功しさえすれば根治治療として有効です。しかし技術、コスト、倫理の面から誰でも望めば受けられる治療というわけでもありません。

では今後、ますます発展して民間の動物病院で広く行われるようになっていくかというと、そういった雰囲気でもありません。まだまだシニア猫の死因トップは腎不全であり続けるのでしょうか?

しかし、医学は日々発展を遂げています。例えばそれは失われた腎機能を自前の細胞で補うような再生医療だったり、原因の特定や排除が可能な新薬の研究だったりと、猫の腎不全にまつわる頼もしいニュースが近年続々と報じられてきています。

腎移植が一般化するより、もっとハードルの低い新たな治療法が確立される方が先になるのかもしれませんね。いまこの時、腎不全と戦う猫たちとケアを続ける飼い主さんたちに一日も早く朗報がもたらされますように。近い将来、治る病になることを心より願っています。

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